第105話 同じ言葉
翌朝、私たちは336階層を進み始めた。
階段を降りきった先は、石造りの広間だった。天井は高く、柱が何本も立ち並んでいる。床は灰色の石で敷き詰められていて、足音がよく響いた。
「……静かだな」
ゼノが呟いた。
「ええ。モンスターの気配がないわ」
エレナが周囲を見回しながら言った。
私は剣を握り締めたまま、前方を見据えた。静かすぎる。何かが待ち構えているような、そんな予感がした。
「……慎重に行こう」
リオンが言い、私たちは歩き始めた。
足音だけが響く。六人分の足音が、規則正しく重なり合っている。
私は足音に耳を傾けた。
……揃いすぎている。
昨日も感じた違和感だった。六人が歩いているのに、まるで一人が歩いているかのように足音が揃っている。
でも——それは気のせいかもしれない。
私は頭を振り、前を向いた。
広間を抜けると、長い廊下に出た。幅は三メートルほど。壁には松明が等間隔で設置されていて、炎が揺れている。
「……長いな」
ケインが呟いた。
「まだ先が見えないわね」
ルナが言った。
私たちは廊下を進んだ。
そして——ついにモンスターが現れた。
それは——装甲騎士だった。
全身が黒い鎧で覆われている。目の部分だけが赤く光り、右手には大剣を握っていた。身長は二メートル以上。重厚な鎧が、威圧感を放っている。
「来るぞ!」
リオンが叫び、装甲騎士が襲いかかってきた。
ゼノが前に出る。彼の大剣が、装甲騎士の剣を受け止めた。
ガキィン!
激しい金属音が響く。
ゼノが押し返そうとするが、装甲騎士は動じない。力が強い。
「重いな……!」
ゼノが歯を食いしばった。
「右から行くわ!」
エレナが叫び、装甲騎士の右側に回り込んだ。彼女の剣が、装甲騎士の脇腹を狙う。
だが——装甲騎士は左手でエレナの剣を弾いた。
「くっ……!」
エレナがよろめく。
「エレナ!」
ケインが叫び、装甲騎士の背後に回り込んだ。彼の剣が、装甲騎士の背中を狙う。
だが——装甲騎士は振り向き、ケインの剣を大剣で受け止めた。
まるで——全てを見通しているかのように。
「……厄介だな」
リオンが呟いた。
私は装甲騎士を観察した。動きは遅い。だが、防御が固い。そして——攻撃を予測しているかのような動きをする。
……弱点は?
私は考えた。身体が、答えを探している。
そして——気づいた。
鎧の継ぎ目。
首と胴体の間に、わずかな隙間がある。
そこだ。
私は駆け出した。
「セリア!」
リオンが叫んだが、私は止まらなかった。
装甲騎士が私に気づく。大剣を振り下ろしてきた。
私は横に跳んで躱した。
そして——踏み込む。
剣を突き出す。狙いは首と胴体の継ぎ目。
刃が——鎧の隙間に滑り込んだ。
装甲騎士が動きを止める。
私は剣を引き抜き、後退した。
装甲騎士が——崩れ落ちた。
鎧が床に落ち、ガシャンという音を立てる。中には何もなかった。空っぽだった。
「……やったか」
ゼノが息を吐いた。
「ええ。でも、まだいるかもしれないわ」
エレナが周囲を警戒しながら言った。
私は剣を下ろし、深呼吸した。
……また、身体が勝手に動いた。
弱点を探し、最適な動きをする。まるで——何度も戦ったことがあるかのように。
でも、記憶にはない。
「……セリア」
リオンが声をかけてきた。
「……何だ」
「お前、すごいな。どうやって弱点を見つけたんだ?」
「……わからない。身体が勝手に動いた」
私はそう答えた。
リオンは少し驚いた表情をしたが、やがて微笑んだ。
「そうか。お前の身体が覚えているんだな」
「……そうかもしれない」
私は曖昧に答えた。
だが——心の中では、疑問が渦巻いていた。
なぜ、身体が覚えているのか。
なぜ、記憶にないのに、身体は知っているのか。
答えは——まだわからない。
私たちは廊下を進み続けた。
途中、何度か装甲騎士と遭遇したが、全て撃破した。私は毎回、弱点を正確に突いた。まるで——何度も戦ったことがあるかのように。
そして——私は気づいた。
仲間たちの動きが——また少しおかしい。
リオンが「今だ」と叫ぶタイミング。
エレナが攻撃を仕掛けるタイミング。
ケインが後退するタイミング。
全てが——私の動きの後だった。
まるで——私の動きを見てから、動いているかのように。
……いや、それは当然だ。
私は自分に言い聞かせた。
戦闘では、お互いの動きを見て連携する。それは普通のことだ。
でも——何かが、違う。
廊下を抜けると、また広間に出た。
そこには——大きな扉があった。
高さは五メートルほど。黒い鉄で作られていて、表面には複雑な文様が刻まれている。扉は閉ざされていて、取っ手がついていた。
「……また扉か」
ゼノが呟いた。
「開けてみましょう」
エレナが言った。
リオンが扉に近づき、取っ手に手をかけた。
「……重いな」
彼が呟き、私たちも手伝った。
六人で力を合わせると、ゆっくりと扉が開き始めた。
ギィィィ……という音が響く。
扉が完全に開くと、その先には——階段があった。
337階層への階段だ。
「……進むか」
リオンが言った。
私たちは頷き、階段を降り始めた。
337階層は——広い空間だった。
天井は高く、壁は遠い。床は平らで、歩きやすい。そして——静かだった。
「……モンスターはいないのか?」
ケインが周囲を見回しながら言った。
「わからないわ。でも、油断は禁物よ」
エレナが答えた。
私たちは慎重に歩き始めた。
だが——モンスターは現れなかった。
私たちは337階層を順調に進んだ。そして、338階層への階段を見つけた。
「……今日はここで休もう」
リオンが言った。
「ああ。ちょうどいい場所だ」
ゼノが同意した。
私たちは階段の手前で荷物を下ろし、休息をとることにした。
夜。
焚き火の周りに座り、私たちは静かに食事をしていた。
炎が揺れる。影が踊る。
そして——リオンが口を開いた。
「明日も、慎重に行こう」
「ああ。油断は禁物だ」
ゼノが答えた。
私は二人の会話を聞きながら、火を見つめていた。
だが——その時、私は気づいた。
リオンとゼノの言葉が——前にも聞いたことがある。
いつだったか。
……そうだ。昨日も、同じ言葉を聞いた。
いや——もっと前にも。
「明日も、慎重に行こう」
「ああ。油断は禁物だ」
全く同じ言葉。
全く同じ口調。
私は心臓が早鐘を打つのを感じた。
……何だ、これは。
偶然だろうか?
いや——偶然にしては、あまりにも同じだ。
「……セリア?」
エレナが声をかけてきた。
私は顔を上げた。
エレナは微笑んでいた。優しい笑顔。
「……大丈夫?疲れてる?」
彼女がそう言った。
……この言葉も、前に聞いた。
昨日も。
一昨日も。
全く同じ言葉。
全く同じ口調。
私は息を呑んだ。
何かが、おかしい。
何かが——確実に、おかしい。
「……ああ、大丈夫だ」
私はそう答えた。
エレナは微笑み、再び火を見つめた。
私も火を見つめた。
炎が揺れる。
影が踊る。
そして——私の中の違和感は、もはや無視できないほどに大きくなっていた。
同じ言葉。
同じ動き。
同じ笑顔。
まるで——繰り返しているかのように。
でも——それが何を意味するのか。
まだ——わからない。
ただ——この違和感だけが、確かに私の中に残り続けていた。
夜は、静かに更けていった。




