第103話 骨の回廊
翌朝、私たちは334階層へと降りた。
階段を降りる足音が、石壁に反響する。昨日と同じように、六人の足音が重なり合っていた。規則正しく、まるで一つの生き物のように。
階段を降りきると、視界が開けた。
334階層は——長い回廊だった。
幅は五メートルほど。天井は高く、遠くまで真っ直ぐ続いている。壁には無数の骨が埋め込まれていた。人間の骨だ。頭蓋骨、肋骨、腕の骨、足の骨。それらが壁一面を覆い尽くしている。
まるで、壁そのものが骨で作られているかのようだった。
「……おいおい」
ゼノが呟いた。
「何だ、これは……」
「骨の回廊……ね」
ルナが静かに言った。
私は壁に近づき、骨に触れた。冷たい。そして、乾いている。かなり古いもののようだった。
「……これ、全部人間の骨よ」
エレナが顔を青ざめさせながら言った。
「どれだけの人が、ここで死んだんだ……」
ケインが呟いた。
リオンは無言で前方を見据えていた。彼の表情は硬い。
「……先に進もう」
彼がそう言い、私たちは回廊を歩き始めた。
足音だけが響く。壁の骨が、まるで私たちを見ているかのようだった。頭蓋骨の空洞な眼窩が、こちらを向いている。
私は剣を握り締めた。空虚の剣は、相変わらず沈黙している。
……この階層は、不気味だ。
回廊を進むこと十分。私たちは最初のモンスターと遭遇した。
それは——複数の骸骨の戦士だった。
五体。全員が剣を持ち、私たちを取り囲むように現れた。目には赤い光が灯り、骨がカタカタと音を立てている。
「囲まれた!」
ケインが叫んだ。
「背中を合わせろ!」
リオンが指示を出し、私たちは円陣を組んだ。
骸骨たちが一斉に襲いかかってくる。
ゼノが前方の骸骨を受け止めた。大剣が骸骨の剣を弾く。火花が散った。
「ケイン、左!」
リオンが叫び、ケインが左側の骸骨に斬りかかった。彼の剣が骸骨の腕を砕く。
「エレナ、右を頼む!」
「わかったわ!」
エレナが右側の骸骨と剣を交える。彼女の動きは素早く、骸骨の攻撃を巧みに躱していく。
ルナは後方の骸骨と対峙していた。彼女の剣が、骸骨の足元を狙う。
私は——目の前の骸骨と向き合った。
骸骨が剣を振り下ろす。私は剣で受け止めた。衝撃が腕に伝わる。
骸骨は力が強い。押し負けそうになる。
だが——身体が勝手に動いた。
剣を捻り、骸骨の剣を弾く。そして、踏み込む。骸骨の胴体に剣を突き刺した。
骨が砕ける音がした。
骸骨が崩れ落ちる。赤い光が消えた。
「セリア、後ろ!」
リオンの声が聞こえた。
振り向くと、もう一体の骸骨が背後に迫っていた。
だが——リオンが割って入った。彼の大剣が、骸骨を真っ二つにする。
「……助かった」
私は息を吐いた。
「気をつけろ。まだいるかもしれない」
リオンが言った。
私は頷き、周囲を警戒した。
だが、他のモンスターの気配は感じない。五体だけだったようだ。
「……全滅させたか」
ゼノが肩で息をしながら言った。
「ええ。でも、油断は禁物よ」
エレナが周囲を見回しながら答えた。
私たちは再び歩き始めた。
回廊はまだ続いている。壁の骨が、相変わらず私たちを見つめていた。
そして——私は気づいた。
……今の戦闘で、また違和感があった。
リオンが「後ろ」と叫ぶ前に、私は既に背後の気配を感じていた。いや、正確には——身体が感じていた。
でも、リオンの声が聞こえたのは、私が振り向こうとした瞬間だった。
まるで——私の動きを見てから、声をかけたかのように。
……いや、違う。彼は私が気づいていないと思って、声をかけたのだ。それだけのことだ。
私は頭を振った。
考えすぎだ。戦闘中に、そんなことを気にしている場合ではない。
私たちは回廊を進み続けた。
途中、何度か骸骨の戦士と遭遇したが、全て撃破した。戦闘は順調だった。誰も怪我をしていない。
だが——私の中の違和感は、少しずつ大きくなっていた。
それは、まだ小さなものだった。言葉にできないほどに。
でも——確かに、そこにあった。
回廊を抜けると、広い空間に出た。
そこには——巨大な門があった。
高さは十メートルほど。黒い鉄で作られていて、表面には無数の骸骨の彫刻が施されている。門は閉ざされていて、重厚な雰囲気を放っていた。
「……何だ、これは」
ゼノが呟いた。
「門……ね。何かの境界なのかしら」
ルナが言った。
リオンは門に近づき、表面を観察した。
「……開くのか?」
彼が呟いた。
私も門に近づいた。門には取っ手がついている。だが、鍵はかかっていないようだった。
「……押してみよう」
リオンが言い、私たちは門を押した。
重い。なかなか動かない。
だが——六人で力を合わせると、ゆっくりと門が開き始めた。
ギィィィ……という音が響く。
門が完全に開くと、その先には——階段があった。
335階層への階段だ。
「……進むか」
リオンが言った。
私たちは頷き、階段を降り始めた。
だが——私は振り返った。
門は、相変わらず開いたままだった。骸骨の彫刻が、こちらを見ているようだった。
……この門は、何のためにあるのだろう。
そんな疑問を抱きながら、私は前を向いた。
夜。
332階層に戻り、焚き火の周りで休んでいた。
今日は334階層を攻略し、335階層への階段まで辿り着いた。順調だった。
だが——私の中の違和感は、消えていなかった。
それは、とても曖昧なものだった。形にできないほどに。
でも——確かに、そこにあった。
「……セリア」
エレナが声をかけてきた。
「……何だ」
「疲れてる?大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ」
私はそう答えた。
エレナは微笑んだ。優しい笑顔だった。
だが——その笑顔が、一瞬だけ固まった。
ほんの一瞬。
まるで——時間が止まったかのように。
私は目を見開いた。
……今の、何だ?
エレナの笑顔は、すぐに元に戻った。彼女は何事もなかったかのように、火を見つめている。
……気のせいか?
いや——確かに、見た。
一瞬だけ、彼女の笑顔が固まった。
私は心臓が早鐘を打つのを感じた。
……何かが、おかしい。
でも、それが何なのか——まだ、わからない。
ただ——この違和感だけが、確かに私の中に残り続けていた。
炎が揺れる。
影が踊る。
夜は、静かに更けていった。




