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おるぼ短編集

ウォッチングヒューマン

作者: おーるぼん

「……っしゃせ〜い」


とある場所にある、とあるスーパー。

そこにまた人が吸い込まれて来た。


訪れる者の理由はそれぞれだ。夕飯の買い出し、特売品のチェック、生活用品の買い足し、冷やかし等々。


さあ、今度のやつはどんな目的でやって来たんだろうか。とくと拝見させてもらおう。




拝見という謙譲語をわざわざ客に使っている事からも分かるように、俺はこのスーパーの店員だ。


苗字は竹地たけち、名は小五郎こごろう。ついでに言うと大学生でアルバイトでもある。担当は商品の陳列だ。


我が事ながらその名には某探偵的な方面での、なかなかのインパクトがあると自負しているが、他の店員からは『思春期』とかいう、それとは1ミリも掠らない二つ名で呼ばれている。


理由は分かっていた。それは客の来店時に放たれる、俺の「……っしゃせ〜い」という、いつもの一言が原因だ。


逆に言えば、皆がその単語に少なからずの反応を示しているという証拠でもある……何が思春期だ。思春期それはお前らだろうがこのむっつり助兵衛共が。


上記でも分かる通り、俺はそのニックネームが嫌いだ。不愉快な事この上無い。まるで「いらっしゃいませ」の中から失われた「いら」が苛となり、この胸に宿ったかのようだ。


しかし、それを正すつもりも無ければその「苛」を吐き出すつもりも無い。


止めろと言われてもそうする事は無いだろうし、それがあまりにもしつこければその発言どころか職を辞め、斜向かいにあるコンビニに鞍替えしようと思っている。


これはただ単に、二年間のスーパー勤務の中で億劫という名の流水に我が来客時の常套句が削り取られていった結果なのだ。


つまり、洗練されたものなのである。そこに何の官能的要素があろうか……いや断言しよう、無い。


だからまあ、とにかく。もう一度言うが俺がその決まり文句を変える気など皆無なのである。そうした所でまた、水の流れによって抉り取られてしまうだけなのだから。


それに、変えるメリットも無いので余計そうする気になれないというのもある。


どうやら、俺の渾名はこのスーパー内を打刻もせずに一人歩きしてしまっているらしく、そのせいで悲しくもこの俺自身が「助兵衛な奴」だと周囲に誤解されてしまっているのだ。


また、そこからも何となく察せられるように俺に話し掛けて来る奴は少ない。そうするのは同じ担当の山崎という女先輩と店長くらいだ。


……ここまで言えば、もうお分かり頂けた事だろう。


そう、例え今この瞬間から俺が「……っしゃせ〜い」を止めたとしても、以前より俺を変態呼ばわりしている輩との交流が生まれる可能性が無に等しいものであるのは何一つ変わらないと言う事だ。


まあ、こちらとてそんな奴等と関わり合うつもりは無いがな。


そして、そんな風に人と交わらない俺はその時間と引き換えに、いつしか客の観察を趣味とするようになった。


素人がそれを聞くと鼻で笑うかもしれないが、侮るなかれ、意外とこの場でのヒューマンウォッチングは愉快かつ魅力的なのである。


客の風貌、様子。何を求めているのか。

それを眺め、そこにある真実を探り出すのだ。


「この主婦は人参と玉葱を買ったか……なら、夕飯は十中八九カレーだな」


「おや、あの爺さん、一瞬だがセルフレジを見てギョッとしたな……使い方が分からないんだろう」


等と推測し、正解を叩き出したその時などはこの上なく気持ちが良く、まるで本物の探偵にでもなったかのような気分となれる……もういっその事、卒業後は私立探偵でも始めてみようか。


でもそれだと、客の観察が出来なくなるな……


ん?客……?おっと、いけない。


自分語りに夢中で、先程入って来た客のヒューマンウォッチングを仕損じる所だった。


それでは探偵の名が廃るというものだ。

ではそろそろ、話すのは止めて本業を始めるとしよう。


俺は品出し用の台車もとい、勝手に命名した『ワト○ン君』を僅かに動かし、彼に身を隠すようにして客のヒューマンウォッチングを開始した。


……この台車の名がなにがし少年の方が良いという意見もあるだろうが、そちらに寄せた所で何があると言う訳でも無いので異論は認めない。




先程入店した客は簡単に見つかった。


鮮魚コーナーでいつまでもウロウロとしているらしく、索敵は上記した通り本当に容易であった。


また、その客は男性であり、ファッションは良く言えば『仲間との繋がりを大切にしそうな感じ』。中肉中背。歳は三十前後といった所だろうか。


これは俺の偏見と捨て置いて貰って一向に構わないが、そう言った手合いは大方既婚者だ。


彼がファミリー向けの大型車に乗り、休日はドアからアウトする姿がみるみるうちに脳裏に浮かび上がる。


……だが、今回に限ってはそうでもないようだな。


俺は自身とワ○スン君とを再び前方に僅かばかり動かし、視野を広げた。


やはりそうだ。


男は今、数十切れの刺身とネギトロ、イクラ、玉子焼き、そして海苔の合わさった商品である、我がスーパーが本日の特売品としている『家族でワクワク!!手巻き寿司セット』を前にして立ち止まっている。


それを見た俺は、今度こそ男が既婚者ではないと確信した。彼の心惹くその品に『家族でワクワク!!』とあるにも関わらず。


理由は簡単だ。これもまた完全なる俺の偏見だが、あの手の男は本来ならば肉を好む。


これでもかと買い物カゴに肉を詰め込み。無料の牛脂を人数分しっかりと掴み取り。アル○ァードに家族を乗せ。河原でバーのベキューを決めるのが筋、真の姿であるはずなのだ。


しかし、あの男の狙いは手巻き寿司セットにある。

加えて数瞬前にウロウロとしていたあの行動は、何処か逡巡のようにも見えた。


いや、きっとその通りなのだろう。


単身であるからこそ、手巻き寿司のセットに手を出すのがはばかられるのだ……とは言え、それもそのはず。


家族で楽しむはずのそれを彼は、己がのみで酒の魚……ではなく、肴にしようとしているのだから。


とまあ、推察するにこのような具合であるのだろう。

これこそスーパー勤務二年という、俺の叩き出した予測だ。


と言うか、それはほぼ確実に正解であるはず。


「……ふっ、今回は少し簡単過ぎたな」


勝利を確信した俺は一つ鼻で笑うと、○トスン君と共に仕事に戻るべく踵を返し、商品棚の方へと視線を向けた。


一応言っておくと、これは別に彼を小馬鹿にしたのではない。『勝利したとて雄叫ぶ訳にもいかず、仕方なくこうした』というだけなのだ、それ以上の他意は無い。


まずそもそもとして、独身の何が悪いと問われれば、当然ながら俺はそんな事は全く無いと返すだろう。


それに俺個人としても、独身に対して何の恨みも無ければ、偏見なども持ち合わせてはいない。


むしろそれが誰でだろうと、このスーパーに金を落としてくれるというのであれば大歓迎だ。


それは経済を活生化させ、市場を潤し。

何より、周り回って俺の糧となるのだから。


だから男性よ、いやお客様よ。

何も気にせずそれを手にすると良い。


きっとそれを当てにして呑む酒は美味いぞ……俺の視線はもう、彼には無かった。


だがしかし。

数瞬後、俺の目は再び彼に向けられる事となる。




商品の陳列を再開しようとした俺の耳に、とある着信音が入り込んで来た。


そしてそれは、先程まで我が視線のあった、鮮魚コーナーの付近から聞こえるような気がする。


「……?」


それが何と無しに気掛かりで、俺はそちらへと視線を移す。


すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


俺が独身だと予測した彼が、携帯で何者かと会話していたのだ。


それだけでは無い。どうやら男は、電話の相手に何やら買い物の指示を受けているようにも見える。何分小声のため、それがどのような内容なのかは分からないが。


「あー、あー、うん分かった。じゃあそれとそれね」


いや、絶対にそうだ。今確認した。

そうして男は、遂に手巻き寿司のセットを手に取る。


では、俺の推測は間違っていたと言うのか……?


いや、まだだ!!まだそうと決まった訳ではない!!彼はきっと独身だ!!


何故ならば、ええと……そ、そうだ!!

今『それとそれね』と言ったくせに、何故手巻き寿司以外を手に取ろうとしないんだ?


それに、いくら何でも話し声が小さ過ぎるように思える。むしろあのタイプの男ならば、いつも何時でも何処ででも無駄に大きな声量で会話するはずだ。


だとすると……!!

なるほど、そうか。


あれはフェイクだ。


ああやって偽装の会話をして見せる事で、周囲に『これを購入するのは自身のためだけではない』と思わせるためのな。


()しか、先の台詞も棒読みのように聞こえた事だし……ああ、やはりフェイクだ。


ふふふ、なかなかやるではないか男よ。だが少し甘かったな。そんな芝居では誤魔化すどころか、大根か芋かと間違われてしまうぞ。


そうして俺は、再び陳列に戻る……事は出来なかった。


また男が動きを見せたからだ。


今度は何と、我が先輩である山崎へと話し掛けていたのである。しかもごく普通に。


すると、話を聞き終えたらしき山崎は指を差し、何処かへと彼の視線を誘導している。


もしかすると、あれは『それとそれ』のうち、手巻き寿司ではないもう片割れの存在を知ろうとしての行動では……いや、最早そんな事はどうでも良い。


問題なのは山崎を前にした男の態度だ。


割にあっさりとしていて、あくまでも目的しか目にないと思われる態度それ。それをあの男が有している、そんなはずはないのである。


まずそれを説明する前に言っておくと、山崎というあの女先輩は良く男に声を掛けられる。掛けられるのだ。


長身で切れ長の目。だが性格は意外にも人懐っこい。

そのギャップが要因となっているのかは不明だが、男性ならば胸がドキリとさせられてしまう者の方がマジョリティであると思われる。


そしてそれは、あの男も例外ではないはずなのだ。

俺は何度も目にした事がある……あの手の男が、鼻の下を限界まで伸ばして山崎へと意味もなく会話を仕掛けるのを。


とは言ったものの、彼の鼻下びかは微動だにしない。それ即ち、あの男が女性慣れしているか、既に愛すべき者を見つけ出していると言う事の証明でもあり。


尚且つ、俺の推理が間違っているという証拠にもなり得てしまうのだ。


……等と思案しているうちに、男は山崎へと礼を言い歩き出して行ってしまった。


まさか、あり得ない。

この俺の推理が外れるとは。


いや!まだだ!あの男が酒類のコーナーへと向かっているのならば、まだ……!!


しかし、この推測も失中した。


男は素早く洗剤を手に取ると、そのままの勢いでレジへと辿り着いてしまったのだ。




…………完敗、だな。


俺もまだまだ修行が足りなかったと言う事か。


言い訳はしない。むしろこの経験を糧にし、俺は必ずや名探偵へとのし上がって見せよう。


だが、今は……あの男、いや。

この俺を打ち負かした強敵を拍手で讃えるとしよう。


そうして俺は小さく拍手し、いずれは越えるべき存在となったそのお客様を見送った。


彼の背が見えなくなるまで、ずっと。




激しい心理戦に消耗した俺が呆然と立ち尽くしていると、不意に肩を掴む者の存在があった。


「思春期君、休憩入って良いよ〜」


それは山崎だった。


彼女はニコリと笑い、男の次は俺をバックヤードへと誘導しようとする。


「あ、ザキさん……分かりました。

あとお客さんのいるトコで思春期って呼ぶのマジやめて下さい」


「私も『ザキさん』って呼び方あんまり気に入ってないんだけど〜?」


だがまあ、丁度良い。

敗者の俺もまた、素直にここを立ち去るとしようか。


そう思い、俺は彼女へと頷いて見せた。


「じゃ、休憩頂きます。


…………あ、そうだ。


あの、ザキさん。さっきザキさんに話し掛けてた男性のお客さんって、結婚指輪してましたか?」


「え?そうねぇ……ちらっとしか見なかったけど、多分してなかったと思うよ?それがどうかしたの?」


「いえ別に、ただ何と無くです」


あれ……?


まあ良いか、過ぎた事だ。




「……ふぅ。あの店員、気付いてなかったよな?」


店を後にした俺は、思わずそう呟いていた。


あの商品棚に隠れるようにしてこちらを覗き見ていた若い店員の男。それに悟られはしなかったかと、少々不安だったのだ。


これ程の量の海鮮が詰め込まれた手巻き寿司のセット。それを孤独なる酒盛りのメインディッシュにしようという、俺のこの所業を……


まあでも、大丈夫だろう。

出来うる限りの策は講じた。


確かにアレを手に取る際、緊張のためかやや逡巡こそしてしまったが。


素早く111にダイヤルし、掛け直される着信試験にて妻とのやり取りを偽装し。


無反応を装って女の店員と会話し。

(まあ俺は無表情な事が多いので、それは別に敢えてそうしたという訳ではないのだが)


そして、問題となる酒は……これから、スーパーの斜向かいにあるコンビニで調達するという、徹底振りを見せてやったのだから、気付かれるはずも無いのだ。


……と言うか、そりゃあそうだよな。

ここまでしても気付かれるのなら、その相手は探偵か何かだ。絶対に。


うん、そうだそうだ。

きっと大丈夫さ……あの店員は恐らく、俺の顔を見て知り合いか何かだと勘違いしたんだろう。


じゃ、心配も無くなった所で。

これを当てにして呑む酒を買いに行くとしようか……


そうして、俺は歩き出した。

ありもしない勝負に勝ち、いもしない敗者へとまるで見せつけるように。


しっかりとした足取りで、スーパーへと背を向け。

お読み頂き大変感謝です( ´∀`)

また別の自作でもお会い出来たら嬉しいです( ´ ▽ ` )ノマタネ~

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