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「親父も小日向も私の気持ちに気づいていた。
祝福されたかったわけじゃない、ただ放っておいてほしかった。
永遠に手に入らないことぐらい、ちゃんとわきまえてる。遠くから朱理の幸せを見守ることができれば、それでよかったんだ」
苦しそうに心情を吐露する横顔は、傷ついた水鳥のようにたおやかで美しかった。
「けど、親父は私の意志を無視して結婚話を持ってきた。世間一般でいうところの、常識的な幸せの形に固執した。私が拒絶すると、手を変え品を変え、陰湿な嫌がらせをするようになった。
親父は私と千石貴文を結婚させたかったわけじゃない。久瀬翼とお前をくっつけて、私に朱理を諦めさせたかった。
そこまでしてでも、私を『矯正』したかったんだろう。
小日向は娘の仇を討つために、親父の計画の実行者になった。
そこまでしてでも、千石を殺したかったんだろう。
私には全く意味が分からないし分かりたくもないが、これが二人なりの愛の形なんだろ。二人とも、娘を愛していたんだろうから」
雪乃はあらゆる感情が抜け落ちた、絶対零度の瞳で父親を見下ろしている。
怒りや憎悪さえ残らないほど、はるか昔に燃え尽きてしまったのか。
「雪ちゃん」
「話はおしまいだ。私は消える。二度とお前の前には姿を現さないと約束する」
「待ってよ。まだ私、何も言ってない」
朱理は震える声で引き留めた。
雪乃は痛みをこらえる表情で目を細めている。
「何?」
言葉では何を言っても陳腐になりそうだったので、朱理はがむしゃらに鞄を手探りし、タロットカードを一枚引いて、雪乃の手に押しつけた。
【世界】のカードだった。
中央に描かれた紗をまとう美しい女性と、彼女を守るように四隅に配置された精霊たち。
――運命の円環が閉じ、世界は完結を迎える。
「……永遠に手に入らんなんて、決めつけんといて」
押し殺した声が言った。
「雪ちゃんは完璧やと思ってた。綺麗で頭がよくて、お金持ちで、何でもできて。ずっとうらやましかった」
【世界】の中央で微笑む、完璧な女性。
それこそまさに、朱理の思う雪乃の姿だった。
「でも、そうじゃなかった。私と同じように悩んだり苦しんだりする、普通の女の子なんやって分かった」
雪乃は手の中のタロットカードと、目を赤くした朱理の顔を交互に見比べた。
「私、考えてみるから。これからどうしたらいいんか、自分がどういう気持ちなんか。
今はまだはっきり分からんけど、ちゃんと考えるから。雪ちゃんの気持ち、真剣に受け止めたいねん」
風間敏男と小日向英輔が、ここまで卑劣な手を使い、なりふり構わず犯罪に巻き込んでまで雪乃と自分の仲を裂こうとしたのなら。
だったら、歪められていない純粋な思いを受け取ることが、自分にできる唯一の意趣返しではないだろうか。




