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「……さすが有能な弁護士だな。松村のとっつぁんの秘蔵っ子だけある」
「お褒めいただき光栄です」
恭しく言って、翼は頭を下げる。
だが、その眼光は鋭く雪乃に据えられたままだ。
「今回の事件、風間社長と小日向さんには、それぞれ別々の目的があったと私は考えています。
まず小日向さんの望みは、娘の仇である千石貴文を殺すこと。ここは非常に明快です。
しかし、風間社長の望みはやや曖昧だ。
確かに小日向さんは秘書として友人として、長きに渡って風間社長を支えてこられた。
千石の殺害を補助して、その恩に報いたいという気持ちは分かる。
だが、命の刻限が迫っている中、最後にしたいことが他人への恩返しでしょうか?
風間社長の性格から推して、そうは思えない」
「私……分かるかもしれへん。伯父さんが一番望んでたこと」
朱理はごくりと唾を飲んだ。
「伯父さんの望みは、雪ちゃんの結婚ちゃうかな?
自分がこの世を去った後も、大事な娘が生活に困ることがないように、支えて守ってくれる人が欲しかったんやと思う。だから私に、お見合い相手を……」
(あれ?)
言いながら、朱理は口ごもった。
(でも、お見合い相手に千石さんを選んだのは、小日向さんやよね?
それで伯父さんも、小日向さんが千石さんを殺すのは知ってたんよね?
やったら、雪ちゃんの結婚相手にはなり得へんやん)
「親父は私の結婚なんか望んじゃいないよ。――むしろ、その逆だ」
「逆?」
朱理が聞き返すと、雪乃は諦念を帯びた目で頷いた。
「私は親の言うとおり見合いして、はい分かりましたって嫁ぐような人間じゃない。さすがに、それぐらいは親父も分かってたはずだ。
だから、そもそも親父は私に結婚してほしいなんて思っちゃいない」
「では、風間社長が望まれていたこととは何ですか?」
翼が尋問口調で尋ねると、雪乃は肩をすくめた。
「さあな。私が聞きたい」
「嘘ですね」
即座に翼は言い返した。
「雪乃さん、あなたは嘘をついている」
「は?」
雪乃は鼻白んだ。
「あなたは風間社長の望みを知っていたはずだ。そして、それはあなたにとって許しがたいことだった。
だから『あんたの思いどおりには死んでもならない』と、わざわざ死の淵にいる父親に会いに来てまで、そう言ったんです。違いますか」
「話にならないな」
雪乃は首を振ると、席を立った。
「逃げるんですか」
呼びとめた翼に振り向いた目は、憤りに燃えていた。
「このまま行けば、風間社長が築いた莫大な資産は、一人娘であるあなたと、あなたの叔母に当たる朱理さんの母親に分配される。
下手に結婚して配偶者に遺産を持っていかれるより、独身のほうが都合がいい。
風間社長もあなたも、それぐらいのことはご存じのはずだ」
朱理は息を呑んだ。
(そっか……遺産相続)




