5
「雪ちゃんは、結婚したくないって言ってるんですか?」
「わしの目から見るに、結婚する気はなさそうやな」
「でも、それは今やからであって、これから出会うかもしれないじゃないですか。会社とかで」
と言いながら、朱理は首を捻った。
(あれ?そういや雪ちゃん、どこに就職したんやろ?)
留学から帰った雪乃と先日久しぶりに会ったのだが、ハワイでの話に花を咲かせるばかりで、今後のことを聞くのをすっかり忘れていた。
敏男は組み合わせた手の上に顔を置き、眉を寄せている。
その表情ときたら、般若も裸足で逃げ出しそうなほどの迫力がある。
(雪ちゃんとは全然似てへんよなあ……)
きっと雪乃は、彼女を産んですぐ亡くなったという母親に似ているのだろう。
くっきりした目鼻立ちも、すらりとした背の高さも、透明感のある美しさも。
母親はたしか、アメリカ人だと聞いた。
「実はな、朱理ちゃん。わし、もうそんな長ないねん」
「……え?」
朱理は耳を疑った。
敏男があまりにも平然としているものだから、半信半疑で繰り返す。
「長ないって……」
「肝臓がんでな。今、入院してるねん」
そのとき視線を感じて、朱理は思わず振り返った。
店の入り口付近に、こちらを見つめているスーツ姿の男性がいる。
朱理と目が合うと、恭しく一礼した。
(小日向さんや)
敏男の体調を案じて、ああしてすぐ傍に控えているのだ。
冗談で言っているのではない。
そのことを、瞬時に朱理は察した。




