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雪乃が言うのとほぼ同時にスマホを手にし、翼は席を立った。
数秒で戻ってきた、その表情を見て、朱理は何か起こったのだと察した。
「小日向が出頭したんだな」
居丈高に雪乃は問い、翼は頷いた。
「はい。最寄りの警察署から連絡がありました。私に弁護を依頼したいとのことです」
「はっ、笑わせる」
雪乃は冷ややかに吐き捨てた。
「どういうこと?雪ちゃん」
混乱したまま、朱理はたどたどしく言った。
「小日向さんの娘さんが小日向蛍さんで、千石さんと付き合ってたけど死んでしまって、それで小日向さんは千石さんを殺したってこと……?」
「小日向蛍は妊娠してたんだよ」
朱理は目をみはった。
翼は予想していたのか、驚いた様子はなく、ただ眉をひそめる。
「結婚してほしいと言った彼女に、千石は自分が既婚者だと明かし、堕胎を命じた。蛍が抵抗すると脅迫や嫌がらせをした。精神的に参っていた彼女は、耐え切れずに命を絶った」
朱理は口元を手で覆った。顔から血の気が引いてゆく。
「ひどい……」
およそ人間の所業とは思えない。
この世にここまで卑劣な人間が存在するとは、信じられなかった。
「千石は殺されて当然のクズだ。だからあいつが死んだとき、私は何も思わなかった。
ただ、親父と小日向がお前を巻き込んだことが許せなかった」
「私……?」
朱理は自分を指さして問いかけたが、雪乃は憎しみのこもった目で、昏睡状態の風間敏男を睨みつけている。
「じゃあ、あのとき……最初から殺すつもりで、伯父さんは私と千石さんを会わせたってこと?雪ちゃんのお見合い相手にするっていう話も、嘘なん?」
「全部嘘だよ。お前は親父に利用されたんだ。酒を飲ませて、ホテルの部屋に宿泊する手筈は小日向が整えた。実際に手を下したのも小日向だ。殺人が行われている時間、お前は同じ部屋の別の場所で、のん気にぐうぐう眠らされてたってわけ」
「でも、何で?私を事件に巻き込んでも、いいことなんか何もないよね?」
「捜査を撹乱するためだよ。少なくとも警察は、第一発見者を最も強く疑う。捜査のセオリーだ。
その上、お前は酔い潰れて記憶もない、千石の見合い相手だ。時間を稼ぐために、いい目くらましになる」
「時間を稼ぐとは、何のためですか?いずれ警察が捜査線から朱理さんを外し、真犯人として小日向さんが浮上することは分かっていたはずですよね」
口を挟んだのは翼だった。
その視線は雪乃にではなく、青白い顔で眠る敏男に向けられている。
「親父が死ぬまでの時間だよ」
雪乃はピッ……ピッ……と規則正しく鳴る心電図モニターを見つめて言った。




