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(何やろう、この感じ……)
胸底に、不穏な何かがわだかまっている。
(何が引っかかってるんやろう)
先ほどの会話を思い出してみる。
高橋菜月が千石について話す、ケイちゃんとの関わりについて話す。
翼はそれを聞き、質問する。
「分かった」
ひらめいて、朱理は思わず口に出していた。
「何や?」
「久瀬さんは質問しませんでしたよね。ケイちゃんが誰なのか」
違和感の正体はそれだった。
翼は横目で朱理を見ると、慎重にハンドルを切ってカーブを曲がる。
「それに、さっきKって人から依頼があった話をしたときも思ったんです。普段の久瀬さんやったら、ネチネチしつこく調べ上げて、Kの正体を先に突きとめてるはず。
せやけど、『分からんかった、はいおしまい』って感じやった。
でもそれは嘘で、ほんまはケイちゃんやKの正体を知ってはるんじゃないですか?
私にそれを隠すために、わざとあやふやな言い方をしたんと違います?」
「誰がネチネチや。人を粘着質みたいな言い方するな」
「でも、そうなんでしょ?高橋菜月さんに会うのにわざわざ私を連れていってくれたのも、真実を突きとめる段階はとっくの昔に終わってて、裏を取る段階やったから、私がいても問題にならへんから連れてってくれたんじゃないですか?」
「おいおい。裏取りとか、急に捜査のプロみたいな単語出してきたで」
「ふざけんと質問に答えてください」
街路樹の緑が濃く鮮やかになってゆく。
翼は目を細めたまま、しばらく黙っていた。
「……まあ、そういうことや」
ようやく口を開いたときには、車は病院の駐車場に入るところだった。
「私に隠しておきたかったってことは、私が知るとまずい人物ってことですよね?」
「まずくはない。いずれは分かることや」
車を慎重に停めると、翼は素っ気なく言う。
朱理はシートベルトを解き、駐車場の地面に降り立つと、翼が降りてくるのを待って問いかけた。
「じゃあ教えてください。ケイちゃんって誰なんですか?」
「小日向蛍」
答えたのは翼ではなく、二人の背後に立っていた人物だった。
振り返ってその姿を捉え、朱理は音を立てて息を呑んだ。
すらりと伸びた肢体、ショートカットに縁どられた卵型の顔、くっきりとした目鼻立ち、凛々しい戦女神のような佇まい。
「雪ちゃん……」
応じるように唇は笑みを描き、涼やかな声が響く。
「うちの馬鹿親父の秘書、小日向英輔の一人娘だよ。――三年前、千石貴文に殺されたのはな」
運命の輪が回り出すその音を、朱理の耳は確かに捉えていた。




