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朱理が車に乗り込むと、翼はエンジンをかけたが、しばらくアイドリング状態のまま停車していた。
じっと前方を見つめる表情は険しく、何事か考え込んでいる。
「久瀬さん」
珍しく本名で呼びかけてみると、彼は視線を朱理に振った。
「さっき言ってましたよね。依頼を受けて、千石さんのこと調べてたって。
それに最初に会ったとき、千石貴文に近づくなって。まだ雪ちゃんがお見合いする前の段階から、会うのを阻止しようとしてた。
もしかして、さっきの話を知ってはったんですか?」
「……依頼があったんや」
低く押し殺した声で翼は言った。
「差出人はKと書かれているだけで、誰かは分からんかった。高額な小切手と、千石貴文の素行調査を依頼する内容の手紙が入ってた。
気持ち悪いなと思ったけど、こちらから折り返すすべもない。仕方なく調べていくうちに、風間雪乃やお前に行きついたわけや」
K、と朱理は口の中で呟いた。
それは、さっきの『ケイちゃん』を意味するのだろうか。
それとも別人だろうか。
「さっきの、高橋菜月さんが依頼人だったんでしょうか」
「いや、それはない。新米の看護師が支払える金額ちゃうし、今日会う前に聞いたけど心当たりはないって言うてた」
「そうですか……」
「シートベルト締めや。出すぞ」
「どこ行くんですか?」
「とりあえず病院やな。風間敏男は危篤状態や。いつどうなるとも分からんし、ついてる人間は一人でも多いほうがええ」
朱理は頷いた。
迷いのないハンドルさばきを見つめながら、鞄に入れたタロットカードからこっそり一枚引く。
【運命の輪】のカードが出た。
青を背景に、四隅に翼の生えた天使や精霊が描かれ、中央に時計のような形をした運命の輪がある。
――運命は回り始める。
ここではない、どこかへ向かって。
両手でぎゅっとカードを握りしめていると、翼が尋ねた。
「こんなときにタロット占いか?」
「こんなときだからです。こうしてると、思考が整理できるから」
自分の力では冷静になれないとき、カードが見落としを教えてくれたり、思いがけないヒントをくれることがたくさんある。
「高橋菜月さんは千石さんのことを恨んでたけど、事件当日は夜勤で病院にいらしたんですよね」
「せや。アリバイがあるし、彼女は容疑者と違う。ていうか、病院関係者は真っ先に警察が洗い出して、隅から隅まで調べ上げてる。第一発見者のお嬢さんと同じくらいにな」
翼の口調はいつもと変わらなかったが、何か違和感を覚えた。




