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「私は心配で心配で、でも同じぐらい腹も立って。何で何も教えてくれないんやろうって、怒ってました。入院してるならお見舞いに行くし、力になりたいし、話聞くのにって」
菜月は大きく溜息をついた。
「……でも今思えば、言えなかったんやと思います。
私は疑ってました。あのケイちゃんが、あんなに誇りにしてた、天職と信じて疑わんかった看護師の仕事を捨てるなんて、普通じゃない。何かあったんやと思ってました。
だからこそ、私には言えなかったんやと思います」
――その年の冬、ケイはこの世を去った。
「ケイちゃんのお父さんから、『葬儀は身内ですませました』って電話がありました。
ケイちゃんの連絡先に私の名前があったらしくて、知らせてくれたそうです。
……信じられませんでした。ほんまに目の前が真っ白になりました。ケイちゃんが……死んだなんて、正直今でも信じられません」
菜月はごくりと唾を飲んだ。
「死因は?」
翼の問いかけに、菜月は力なく首を振った。
「……教えてもらえませんでした。でも、ケイちゃんが突然辞めたことはみんな知ってましたから、病院内で噂になりました。
そのときに、千石の名前が挙がったんです」
菜月は中空を睨みつけた。
まるでそこに、ケイの命を奪った仇がいるかのように。
「噂を聞いてびっくりしました。だってケイちゃんは私に何も言ってなかったから。千石のことなんて相手にしてないって思ってたから。
でも、他の看護師が見たっていうんです。ケイちゃんと千石が二人で車に乗り込むところや、ラブホテルに入っていくところを」
苦しそうに眉を寄せ、菜月はこめかみを押さえた。
息が上がっている。
「……嘘やと思いました。もしほんまに何かあったんやったら、ケイちゃんは絶対私に言ってくれるはず。
やし、他の子ならともかく、あの子が不倫なんて考えられません。
だから、千石に直接問いただしたんです」
「そうしたら……どうなったんですか?」
おそるおそる朱理は尋ねた。
「千石はもちろん否定しました。当然ですよね。だって当時、千石は結婚してるどころか、奥さんのお腹に赤ちゃんがいたんやから」
ようやく話が見えてきて、朱理は思わず顔をしかめた。
翼は表情も変えず、頷くだけで、大きな反応はない。
「結局、噂は噂で終わって、そのうちケイちゃんの話をする人はいなくなりました。
私ももやもやして苦しかったけど、もう忘れようって思いました。
ケイちゃんが死んでしまったことが辛すぎて、そのことを真正面から受け止めることができなくて逃げたんです。
それに、ケイちゃんは最後まで私に何も話してくれんかった……あんなに……」
言葉が途切れ、菜月は嗚咽した。
――あんなに仲良かったのに。親友やったのに。
病院で会ったときは大人びて見えたけれど、髪をおろして私服を着ているこの女性は、おそらく朱理や雪乃とそれほど歳は変わらない。
友達を喪った痛みと、行き場のない気持ちを抱え、張りつめてきた心の糸が切れたようだった。
翼が無言でハンカチを差し出すと、菜月は「ありがとうございます」と言って、化粧が崩れるのも構わず目元に当てた。
「今のお話は、大体いつごろのことでしょうか」
大分と時間が経ったころ、翼が尋ねた。
「三年くらい前です」
そう答えた菜月の目は潤んでいたが、声は震えておらず、しっかりとしていた。
「あの件以来、私は千石に不信感を持ってました。そしたらこの前、突然あいつが死んで……びっくりしたんです。
でも、自業自得やし、かわいそうとは思いませんでした。それに、殺人やってことで警察が病院に来て大騒ぎになったので、私たちも迷惑したし」
「自業自得ということは、千石さんは女性関係のトラブルで殺害されたと思っておられるんですか」
「そうです。不倫相手か、元奥さんか分かりませんけど。
――世の中の女性が、みんなケイちゃんみたいに大人しく引き下がってくれる人ばっかりやと思ったら、大間違いですよ」
菜月の口調は尖り、目には怒りが燃えている。
「元奥さんとおっしゃいましたが、千石さんは離婚されたんでしたよね」
「はい」
「いつ?」
「たしか、子どもが生まれてすぐやったと思います。もともと結婚する資格なんかないんですよ、あいつは」
語気も荒く言い切った後、我に返ったのか、菜月は伏し目がちに付け加えた。
「……だからその、婚約者?の方も、千石に騙されてはるんじゃないかって。見つけ出してあげてください、手遅れになる前に」




