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待ち合わせた近大付属病院近くのカフェに来ると、その看護師は高橋菜月と名乗った。
「ケイちゃんとは看護学校時代からの同期で、めっちゃ仲良しでした」
おずおずと朱理を手で示して言う。
「この間、病院に来はったとき、こちらの方が『婚約者がいなくなった』っておっしゃってたから気になって。心配で仕方なかったんです。もしかしたらあの男、同じことしたんちゃうかと思って」
「あの男って?」
「千石やろ」
翼は吐き捨てた。
菜月は肩をすぼめるようにして、カフェオレの入ったカップを両手で包む。
「結局ケイちゃんは最後まで何も言ってくれへんかったから、本当のことは分からへんのです。
でも私は、千石がケイちゃんに手ぇ出したんやと思います。
そうとしか考えられへん。そうじゃなかったら、あんないい子が……」
堰を切ったように言葉が溢れ、菜月は苦しそうに表情を歪める。
「ゆっくりで構いません。整理できていなくてもいいので、ご存じのことをお話しいただけませんか」
「ごめんなさい……うまく喋れなくて」
「大丈夫です」
力強く翼は請け合った。
「婚約者だった女性が失踪される以前から、私はある依頼を受けて千石貴文のことを調べていました。
ですから彼の行動範囲や経歴、人間関係は大体把握しています」
初耳だったので、朱理はぎょっとした。
翼がどんな依頼で千石貴文を調べていたのかは気になるが、今は口を挟むタイミングではないと判断し、沈黙を選ぶ。
「そうですか……」
泣きべそをかきそうな顔で、菜月は深呼吸した。
そして、コーヒーカップに口をつけると、ようやく切り出した。
「ケイちゃんが眼科に配属されたとき、私は小児科にいたので、千石のことは知りませんでした。
ただ、たまに休みが合ったら一緒に遊んでたので、そのときに名前を聞いたぐらいでした。
優しいし優秀で、いいドクターやってケイちゃんは言ってました。でも」
言葉を切り、視線が右斜め下に流れる。
「……飲み会で先輩ナースに聞いたら、既婚者やのに遊び人のクズ男やって話でした。
私はびっくりして、次に遊んだときに一応ケイちゃんに言ったら、ケイちゃん笑ってました。
『別に好きとかじゃないから大丈夫やで』って。
安心しました。ケイちゃんは真面目で勉強熱心で頑張り屋さんで、不倫なんかする人じゃない。そう思ってました。
それからしばらく、私たちの間で千石の話題が出ることはありませんでした」
たまに合コンに行き、マッチングアプリを使い、女子会や旅行を楽しみ、看護師として働く。
そんな日々が続いた。
「それから一年ぐらいが過ぎて、私もケイちゃんも二十三歳になりました。
私が彼氏できたときも、別れたときも、ケイちゃんは相談に乗ってくれました。一晩中でも話聞いてくれました。
……でもケイちゃんは、恋愛話を一切しなくなったんです」
何度か水を向けたものの、「今は仕事が忙しすぎて、彼氏作ってる暇がないわ~」という返事が返ってくるだけだった。
いつしか菜月は、ケイに恋愛話をしなくなった。
「そうこうしてる間に、ケイちゃんが体調を崩して、病院に来なくなったんです」
真面目な彼女が、一週間連続で欠勤することなど初めてだった。
ケイの住むマンションをお見舞いに訪れると、「うつすといけないから」と言って会ってくれなかった。
「その月の終わりにケイちゃんは退職して、連絡もつかなくなりました。マンションも引き払って、実家に帰るって話でした。
病気療養のためということやったんですけど、電話もラインも音信不通で、今までの関係を全部断ち切ったみたいで。……異常やと思いました」
朱理はぞっとした。
音信不通。
まるで、今の雪乃と全く同じ状況ではないか。




