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「それって、お見合いってことですか。お相手は?」
「医者や。小日向が段取りしてくれてな」
「小日向さんが」
小日向英輔は、敏雄の専属運転手である。
三十年以上敏雄の傍に寄り添い、支え続けた盟友だと聞いている。
「真鯛のポアレと白ネギのエチュベ、ソースヴァンブランでございます」
「雪乃もあのとおり、ちょっとも女らしくない奴やからな。いきなり見合いや言うて話持っていっても、相手蹴り飛ばして帰ってきそうやろ」
(んー、確かに。否定できへん)
内心で深く頷きつつも、表面上は平静を装って言う。
「私が行っても、あんまり意味ないんじゃないですかね?雪ちゃんが好きか嫌いか、合うか合わへんかのフィーリングが大事やと思いますし」
「あかんあかん。あいつは男見る目ないねん」
大げさに手を振って、敏男はちぎったパンを口に放り込む。
そろそろメインディッシュが来る頃だ。
朱理は食べるペースを早めつつ、敏男の言葉を待った。
「わしも会社経営してるさかい、世の中のことは、それなりに心得てるつもりや。今日び大学出てすぐ見合いして結婚する女の子なんか、おらんのも分かってる。女の子でもバリバリ働いて、子ども産んでも辞めんと定年まで働く時代や。そういう考え方を否定するつもりは全くないねん。せやけどな」
言葉を切って、敏男はきっと表情を改める。
「一生独りで生きていくっていう道は、思てる以上にしんどいねん。失業したとき、病気になったとき、支えてくれるんは最後は家族や。特に、雪乃は一人っ子やからな。六十、七十なって、周りの友達が子どもや孫に囲まれてるときに、自分は一人きりの家に戻る。この寂しさ、心細さは相当辛いで。今説明したところで想像もつかへんと思うけどな」
物すごい熱量で敏男が話すものだから、ついつい引き込まれて頷いていたら、湯気を立てたメインディッシュがやってきた。
「牛ホホ肉の赤ワイン煮込み、フォアグラ添えになります」
(きたーっ、フォアグラ!高級食材の代名詞!やけど、よく分からん!)
「働くのは構へん。二人で稼いで、ええ暮らししたらええねん。けど、やっぱり男と女では生涯年収が違う。何かあったときに生活していくためにも、結婚はしといたほうがええんや。日本は恵まれた国やけど、女が一人で生きていけるほど甘ないで」
睨みを効かせながら敏男が言い放つ。
朱理は、ごくりと唾を飲んだ。
(いや、それ、私に言われても……)




