36
「何なんですか急に」
「見逃したろうと思ったけど、さすがに無理や。
だって変やろ。千石の女関係なんか、お前は知らんはずや。やのに、何で職場に女がいると分かったんや」
「いやだから、それも勘です」
正確に言うと、雪乃の千石に対する評価を聞いて連想したことでもあった。
それに何といっても、千石貴文は顔がいい。
イケメンで医師なら、院内で浮いた噂の一つや二つくらいあってもおかしくはない。
「せやから、その勘の出どころを聞いてんねん」
「勘は勘ですよ。出どころなんかありません」
気がつくと、翼はスタミナ定食を食べ終わり、じっと朱理の顔の上に視線を注いでいる。
「一回や二回やったら分かる。せやけど連続となると、ただの勘とは思えん。お前は何かを知ってて、その情報どおりに動いている。違うか?」
(うう……鋭い)
さすが弁護士、追及の手を緩める気はなさそうだ。
でも、タロットからヒントを得ていることは言いたくない。どうせ馬鹿にされるだけだ。
朱理は無意識に逃げようと腰を浮かせた。
「俺はお嬢の命の恩人やろ。その俺に言えんことなんか」
「言っても信じませんもん。絶対笑うし」
「笑わんわ。ええから言うてみい」
「えー。でも……」
視線を泳がせていると、翼は声を低くした。
「前に言うたやろ。警察はいっぺん疑った人間のことは、しつこく疑い続けるで。お前は千石貴文と最後に接触した人間なんや。当然、警察にマークされてる。尾行だってついてるかもしれへん」
「えっ」
周囲を見回そうとした朱理の頭を、大きな手が押さえる。
「アホ。そんなわざとらしくキョロキョロしてどうすんねん。尾行に気づいてると相手にばれるやろ」
「ほんまに尾行されてるんですか?私が?」
「知らんけど」
「はあ?何なんですか、それ」
「せやけど警察からしたら、お嬢が犯人である尻尾を出すのを待ってる。真犯人からしたら、お嬢に罪を着せるタイミングを見計らってる。例えば遺書書いて、自殺に見せかけて殺すとかな」
氷水を注がれたように、背筋がぞっとした。
「そんな……」
「だから、俺がお嬢のボディーガードしたる言うてんねん」
「久瀬さんが?」
翼は腕を組み、「そうや」と頷いた。
「どうせ大学は春休みやし、バイトかサークルぐらいやろ。何かあったらあかんから、外出するときは俺に連絡しぃや」
細い糸の上に立っていたような緊張感が、少しだけ和らいだ。
「……ありがとうございます」
「分かったやろ?俺はお嬢の安全を守るために言うてるんや。その勘とやらの正体が分からんかったら、行動範囲に予想がつかんやろ」
朱理はうつむくと、決意したように顔を上げた。
「分かりました。じゃあ話しますけど、絶対誰にも言いません?」
「言わん」
「笑いませんか?」
「笑わん」
「耳貸してください」
翼の耳元でささやくと、彼は「はあー?!」と大声を上げた。
そして、盛大に噴き出した。
「タロットやて!?ぶっ、あはははっ、そんなおもちゃ、ええ年してまだ信じてるんか。ガキやな~」
頭にかっと血が上り、朱理は思いきり翼の頬に平手打ちを食らわせた。




