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「マスコミの方ですか?」
「え?」
「でしたらお引き取りください。何もお話することはありません」
冷ややかな口調で医師は切り捨てた。
「いいえ。私たち探してるんです。千石さんの婚約者を」
「婚約者?」
医師は怪訝な顔で問い返す。
朱理はスマホの写真を開いて、医師に見せた。
「風間雪乃さんといいます。千石さんとお見合いをした後、行方不明になったんです」
正確には婚約者でもなければお見合いもしていないが、細かいことにこだわっている暇はない。
朱理は必死で言い募った。
「千石さんが殺されたと知って、雪乃さんも何かの事件に巻き込まれたんじゃないかって、私、心配で。もし何かご存じのことがあったら教えていただけませんか」
「……それこそ警察に届けたほうがいいんじゃないですか」
と、にべもなく医師は言う。
「もういいですか。次の患者さん、入ってもらって」
「あ、はい」
気まずそうに目を逸らし、看護師は「お大事に」と朱理に告げる。
診察室を出ると、翼はどこかに電話をかけ始めた。
「もしもし?ああ……はいはい、なるほど。分かった、ほんならな」
「どうしたんですか?」
朱理が尋ねると、声を低めて言う。
「千石貴文の人間関係を洗いに、警察もこの病院に捜査に入ったやろ。職員名簿見て、千石が死ぬ直前か直後に辞めた人間を探してたらしい」
「それで、いたんですか?」
「堤っていう若い医者が、千石が殺される三ヶ月前に退職してる。その後すぐ別の病院に採用されてるな。何かおとなしい奴やったみたいで、千石にはよく小突かれたり嫌味言われてたみたいや」
「じゃあ、その人が」
「ところがや。堤には犯行当日、完全なアリバイがあった。その日、新しい勤め先の当直で一晩中病院にいてたんやと。目撃者も入退室記録もばっちり残ってる。可能性はゼロや」
「そうですか……。でも、どうやってそんなこと分かったんですか?」
「俺レベルになると、いろんなコネがあるんや」
「あっそう」
「何やその言い草は。もっと俺を慕い、敬い、崇め奉れよ」
「あ、あの~……」
背後からの声に、朱理はぱっと振り向いた。
先ほど眼科で診察を受けたときにいた看護師が、気弱そうな表情で立っている。
「どうされました?」
穏やかな微笑を浮かべ、よそ行きモードの翼が尋ねる。
看護師は周囲を気にしているのか、視線を左右に振ると、声を潜めて言った。
「さっきは嫌な思いをさせてしまって、すみませんでした。実は飯田先生、千石先生と仲よかったんです。それでマスコミからも大分しつこく聞かれたみたいで」
「警察ではなくて、マスコミですか」
「はい。警察の方は通りいっぺんのことを聞いて、すぐ帰らはったらしいんですけど。千石先生イケメンやから、週刊誌の方がしつこく取材してたみたいで」
「何か面白いネタとかあったの?」
翼が切り込むと、看護師は目を泳がせた。
(これは何か知ってるかも)
朱理は思わず前のめりになる。
「いや……そういうのはよく知らないんで」
「知らないわけないでしょ~。ねえ?」
翼が気さくな調子で相づちを求めてきたので頷いていると、朱理の脳裏をタロットの幻影がよぎった。
――【LOVERS.】。
「あの、もしかして……千石さんは、病院内で誰かとお付き合いしてたんじゃないでしょうか」
図星を突かれたのか、看護師の顔がみるみるうちに赤くなった。
「え?!もしかして、あなたと?」
「ち、違います!!私は」
大声で言って手を振ったものだから、周囲の患者から一斉に視線が注がれる。
「私は違うってことは、他の人と付き合ってたってことですよね」
今度は翼が突っ込んだ。
「そろそろ行かないと。失礼します」
あたふたと言い、看護師はその場から逃げ出した。
追いかけようとした朱理の二の腕を、翼が強く掴んで引き戻す。
「やめとけ。仕事の邪魔になる」
「でも、あの人何か知ってますよ」
「今日はここまでや。いきなりいろいろ聞くと、相手も警戒して喋らんようになるからな」
翼はスーツのポケットに手を突っ込んで、すたすた歩き出した。
「飯でも食いに行くぞ」




