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「ジャガイモのポタージュでございます」
クリーム色のしたスープが運ばれてきた後、敏男はもう一度口を開いた。
「雪乃がハワイから戻ってきたんやけどな」
「あ、はい。先週会いました」
雪乃というのは風間敏男の一人娘で、朱理の一歳年上の従姉である。
大学三年から二年間のハワイ留学をしており、卒業式に出席するため帰国していた。
「うん。それでな、わし、あいつを結婚させよう思うねん」
たっぷり二秒間、朱理は目をぱちぱちさせた。
「……へ?」
結婚?
言葉の意味は理解できても、朱理の知る雪乃の姿とは全く結びつかない。
ちぐはぐなイメージを頭の中で修正しようとしていると、敏男が続けた。
「あいつもえらいはねっ返りやさかい、さっさと身ぃ固めさせんと嫁のもらい手がなくなる思うてな」
(それにしても、早すぎやろ。まだ二十二やで?)
朱理は首を捻った。
(雪ちゃん、ハワイで彼氏できたんかな? そんな話してなかったけど……)
風間敏男は、関西では有名な実業家である。
彼の父である風間敏行は『関西特殊製鋼所』を設立し、日本で初めて航空部品であるスポンジチタンの製作に成功した。
折しも時代は高度経済成長期、追い風に乗って会社は繁栄していくかに見えた。
だが、その矢先、敏行は病に倒れる。
物心ついた頃から事業を手伝っていた敏男は、中学卒業後すぐに関西特殊製鋼所を継ぎ、やがて世界に名だたるチタン加工メーカーへと発展させていった。
現在、『関西特殊製鋼所』は財閥系企業である往友グループの傘下に入り、『株式会社往友チタン』という名で工場と事業所を構えている。
年間売上高一千億円を誇り、従業員数は千五百人と、名実ともに大企業だ。
「オマール海老のソテー、アメリケーヌソース仕立てでございます」
敏男の食べるペースは早い。
うっかりしていると取り残されるので、ともかく朱理は海老を口に運んだ。
ぷりぷりとした触感と甘味が絶品である。
「それで、お相手の方って」
「それや」
敏男はフォークを置き、目をぎらっと光らせた。
恰幅はいいが身長が低く、ずんぐりむっくりな敏男だが、存在感は強大である。
その目力といったらもう、ひと睨みでカエルの五、六匹ぐらいは殺せそうだ。
「朱理ちゃん。雪乃の結婚相手に会うてくれへんか」
「え?結婚式の受付とかですか」
「ちゃうがなちゃうがな。まだ雪乃も相手と会うてへんねん。あいつより先に会うて、ほんまにええ男
か、朱理ちゃんの目で確かめてほしいんや」
「ええ~っ!!」
悲鳴とも歓声ともつかぬ、間延びした声が出る。




