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警察署の自動ドアを出た瞬間、頭を思いきり叩かれた。
「アホ娘」
「わっ!」
衝撃で前のめりになった拍子に、鞄の底から何かが飛び出して地面に落ちる。
拾い上げてみると、逆さになった【戦車】のカードだった。
自宅マンションを出るときは無我夢中で、取るものもとりあえず出てきたのだが、いつの間にか紛れ込んでいたらしい。
「何なんですかいきなりっ」
朱理はきっと久瀬翼を睨み上げた。
相変わらず、物すごく背が高い。太陽の光を透かして金髪がきらめいている。
「アホやからアホ言うてんねん。早よ電話せんかい」
「は?電話?」
「親御さんに決まってるやろアホ」
同時に、計ったようなタイミングでスマホが震え出した。
画面を見ると、『母』と表示されている。
「もしもし、お母さん?」
『朱理!!あんた大丈夫?』
「うん。大丈夫、今警察出たとこ。ごめん、心配かけて」
『心配どころとちゃうわ。あーもう……死ぬかと思った』
母の声が潤んでいる。
朱理はほっとするのと申し訳なさで、思わず涙ぐんだ。
「ごめんなさい……」
『弁護士の先生に、ちゃんとお礼言いや。あんたが捕まったって聞いて、伯父さんがすぐ顧問弁護士の先生に連絡してくれはったんやで』
(伯父さんが……)
「病院に電話したん?」
『病院?』
「あ、ううん、何でもない」
朱理は慌てて言った。
まだ母は、伯父である敏男の病状を知らないのかもしれない。
何にせよ、伯父が手を回してくれたおかげで、拘束を解いてもらえることになったのだ。
あのまま警察で取り調べを受けていたら、どうなっていたかと思うとぞっとする。
『今日は実家のほうに帰っておいでな。な?』
「うん……分かった」
通話を切ると、再び手が伸びてきたので、はたかれるかと思って朱理は身を硬くした。
しかし、その手は思いっきり髪をわしゃわしゃかき混ぜただけだった。
ペットの犬のような扱いを受けて、朱理は目を白黒させる。
「何?」
「家帰ったら、ちゃんともう一回親御さんに謝りや。子どもが逮捕なんかされたら、ショックで卒倒する親もおるぐらいやからな。相当心配かけてるんやで、お嬢」
「……はい」
ぐうの音も出なかった。
そこは本当に、翼の言うとおりだった。
「あの……来ていただいてありがとうございました」
礼儀正しく頭を下げると、溜息をつく気配がする。
「だから言うたやろ。『千石貴文に近づくな』って」
「久瀬さんは、千石さんを知ってはったんですか?」
質問に答えず、翼は大通りの交差点で立ち止まり、車の流れを見つめている。
タクシーを拾おうとしているらしい。
「伯父さんの顧問弁護士やから、雪ちゃんのお見合い相手を知ってたんですか。千石さんが殺されるって分かってはったんですか?もし知ってはったんやったら、何で警察に言わんかったんですか」
「あー、ごちゃごちゃうるさいな」
いらついた様子で翼は振り向き、長い指で朱理を指さした。
「言うとくけど、警察は一旦目ぇつけたらしつこいで。いくら風間社長の姪やからって、そうそう簡単に諦めへん。沽券ってもんがあるからな。これからも、ちょいちょい呼び出されると思っといたほうがええ」
「えっそんなん嫌や」
殺人犯と疑われながら日々を過ごすなんて耐えられない。
家族や友達にも迷惑をかけるし、大学も通えなくなるかもしれない。
それどころか、冤罪で逮捕されたら――考えただけで身震いがした。




