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ピンポーン。
「ん……」
ベッドで寝転がっていた朱理は、気だるく寝返りを打った。
(郵便かな……)
あれからやけ食いをして、ハーゲンダッツの大きいサイズをまるっと一つ食べきったはいいものの、夜中に腹痛でトイレを何往復もすることになった。やっと眠りについたのは朝方になってからだ。
今何時だろう。スマホを見るのも面倒くさい。
ピンポーン。
(ええわ……居留守にしよ……)
とにかく体が重い。
パジャマ代わりのスウェットにすっぴんで、机の上にはノートPCやレジュメ、漫画にマニキュア、袋のあいたチョコクッキーなどが散乱している。
薄く開いたマリーゴールド色のカーテンから、目に沁みるような光が射してくる。
振り払おうと、朱理は薄手のブランケットを体に巻きつけた。
ピンポーン、ピンポーン。
(しつっこいなぁ……。ん、ちょっと待って。これデジャヴ?)
朱理はがばっと身を起こした。慌てて周囲を見回すが、どう見ても自分のマンションの自分の部屋だ。
見知らぬホテルではない。
「は~よかった……」
心臓がばくばく言っている。さすがに二日連続で記憶喪失は笑えない。
ピンポピンポピンポーン。
「梅本朱理さん?」
ガンガンと扉を叩く音がして、胴間声が響き渡った。
(え……誰?)
配達の人ではない。配達の人であれば、一度インターホンを押して留守なら帰るはず。
それに――よく考えると変だ。
朱理のマンションはオートロック式で、部屋の中からエントランスのロックを解除しなければ入れないのだ。
背筋がぞっとして、朱理は立ち上がった。
(誰?誰なん?)
ベッドを降り、そろそろと足音を忍ばせて廊下に出る。
突き当たりが小さな玄関で、のぞき穴から外を見る。
「ひっ」
男がいた。それも複数人。
スーツを着ていて、厳めしい顔つきをしている。全然知らない人たちだ。
(嘘やろ……何なんこれ)
こんな人たちに用はない。来訪される覚えもない。
(NHKの取り立て?新聞勧誘?借金取り?)
ピンポーン。
「いるんでしょ、分かってるよ」
落ちついた声が余計に恐ろしく、朱理はパニックになった。
「開けなさい」
ノックの音が続く。
朱理はぎゅっと硬く目をつむり、彼らが去るのを待った。
「開けなさい。開けろ!」
恫喝されて、朱理は縮み上がった。
思わず鍵を外し、玄関のドアを開ける。ただし、ロックはかけたままにしておいた。
「何なんですか」
驚いたことに、男は四人もいた。
一番前に立ちはだかっている若いスーツの男性。その横に年嵩の男性、その後ろに、制服を着た警察官が二人見える。
(警察や)
「梅本朱理さん?」
「は、はい」
「西警察署の横井です」
若いスーツを着た男性はそう名乗ると、朱理を凝視した。
不躾どころではないレベルでじろじろと、十秒以上かけて上から下まで視線を注がれる。
「何で僕らが来たか分かる?」
質問の意味が分からず、朱理は曖昧に首を傾げる。
「僕らな、君に用があって来たんや。何の用やと思う?」
謎すぎる問いかけだった。
(そんなん分かるわけないやん)
我ながら間抜けな顔で黙っていると、横井は諦めたように溜息をついた。
そして言った。
「千石貴文さん、知ってるよなあ」
「はい」
「一昨日の夜、会ったやろ」
「はい、会いましたけど……」
横井の目つきに、はっきりと警戒の色が浮かんだ。
「え……?」
その瞬間、直感が頭を貫く。
【THE DEATH.】
ホテルの前で見たタロットカードだ。
白い歯を見せて笑う千石貴文の前に髑髏の死神が現れ、あっという間にその命を刈り取っていく。
(いやいやいやいや。まさか。まさかそんな)
根拠はない。けれど目の前の男の表情に、ただならぬ雰囲気を感じ取り、朱理はチェーンロックしたまま扉を離れて走った。
「あ、おい待て!」
後ろで横井が騒いでいるが、知ったことではない。
スマホでネットニュースを探しながら、テレビの電源をつける。
先に見つかったのはネットニュースだった。
【三十二歳医師 ホテルで死亡 他殺か】
本文を開いた瞬間、『千石貴文』の文字が目に入った。
それ以外の部分を読もうとしても、文字の上で目が滑っていく。
「嘘や……」
「梅本さん。梅本朱理さん」
ドアの開いた隙間から、しつこく呼びかけられる。
心臓が痛い。全身が震えていた。
歩こうとしても足がふらついて、めまいがする。
頭がぼんやりして、みるみるうちに現実が遠ざかっていく。
(千石さんが……死?)




