表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タロットとライオン  作者: 凪子
【THE DEATH.】
20/25

20

「でも千石さんは、酔ってる女の子に何かするような人ちゃうって」


「だから馬鹿だっつってんだよ、お前は」


いらいらした口調で雪乃は言った。


「でも」


「もういい、黙れ」


強い口調で言われ、朱理はしょんぼりと肩を落とした。


そのとき、ふと鎖骨に手を触れて気づく。


(ない)


食事の際につけていたはずの、ダイヤのネックレス。伯父の敏男からもらった高価なものだ。


外した覚えもないのに、いつの間にかなくなっている。


慌てて鞄の中に手を突っ込み、探してみるが見つからない。


(どっかで落としたか、ホテルに忘れてきたんや……。うわーどうしよ……あんな高いの弁償できへん)


小日向は朱理への報酬と言っていたが、あのネックレスに見合うだけの価値をまだ提供できていない。


最悪、後で返せばいいと思っていたが、失くしてしまうとはうかつだった。


「何きょろきょろしてる」


質問されて、朱理は首を振った。


「別に。それより雪ちゃん、千石さんに会うて話したら、めっちゃいい人やったよ」


「そいつの名前は出すな」


雪乃が再び険しい表情になる。


だが、朱理は食い下がった。


「離婚してお子さんが一人いはるんやって。お医者さんの仕事が忙しくて、なかなか家族との時間がないって言うてはったわ。でも、雪ちゃんとは合うんと違うかな。性格とか」


「で?」


冷ややかな言葉が、ナイフのように胸に突き刺さる。


はっきりした拒絶にへこたれながらも、朱理はおずおずと言った。


「……一回だけ会ってみぃへん?それで無理やったら、お断りすればいいし」


雪乃は鼻で笑った。


「お前さぁ、何でそんなに私の見合いを進めたがるの?親父から金でも積まれたか」


「な……」


屈辱と混乱で、頭が真っ白になる。


「よく考えてみろよ。昨日、お前は千石と飯を食ってどうなった?酒飲まされて眠らされて犯されてんだろうが。そんな人間を、よくもまあいい人だの会ってみろだの言えたもんだな」


「おか……!やめてよ雪ちゃん、そんなん違うって」


聞き捨てならない単語に、運転士がぎょっとしているのがバックミラー越しに見えた。


一気に頭に血が上り、体中が燃えたぎるように熱い。


「お前みたいな馬鹿は、どこまで行っても騙されていいように使われて搾取されて、そのことにすら気づかないんだろうな。見てるといらいらして、張っ倒したくなるわ」


思わず朱理は手を振り上げた。


その手は、振り下ろす前に空中で掴まれる。


雪乃はわずかに緑味がかった灰色の瞳で、朱理を凝視した。


もう怒りは込められていない。ただそこには、心底人を怯えさせるだけの何かがあった。


「何で……そんな酷いこと言うんよ」


朱理は力なく呟いた。


もう、怒鳴る気力もなかった。打ちのめされていた。


「私も暇ちゃうねん。好きでこんなアホなことしてるん違うよ。でも伯父さんが……伯父さんは、いつ亡くなるか分からへんねんで?それでも雪ちゃんに幸せになってほしいって、最後まで願ってはるんやで? そこまで大事に思われてて、何でそんな酷いことできるん?人間として最低やわ」


「最低で結構」


雪乃はうそぶいた。


「私が結婚しようとしまいと、親父は死ぬ。一生のお願いだか何だか知らないが、思いどおりに行くと思ったら大間違いだ。死にかけてる人間の望みは、絶対に叶えなきゃいけないなんて法律はない。私に従う義務もない」


「じゃあ、それを伯父さんと話してよ。私を巻き込まんといてよ!!」


「頼んでもないのに、勝手に首を突っ込んできたのはお前だろ。勝手に同情して、勝手に動いて、親父にいいように利用されてるんだろうが」


目がくらむほど激しい怒りと憎しみに、朱理はわなないた。


(許さへん)


殺意にも似た感情が胸を渦巻いている。


もう一秒たりとも一緒にいたくない。同じ空間で、同じ空気を吸っていることさえ耐えられなかった。


「運転手さん、降ろしてください」


朱理は言って、路肩にタクシーは停車する。


「逃げるなよ」


「離して!!」


朱理は金切り声で叫んだ。


自動でドアが開き、そのままタクシーを飛び出して走り出す。


(大嫌い、大嫌い、大嫌い!!)


雪乃が追ってこないかと、背後を振り返ったとき、鞄からタロットカードがこぼれて地面にちらばった。


拾い集めて目に入ったのは【THE DEATH.】のカードだった。


馬に乗った死神が、人々に死を与えに来る。


夜明け前の静寂と悟りに満ちた世界で、終わりと始まりが告げられる。


だが、荒れ狂う感情に飲み込まれて、カードの示す意味が読み取れず、朱理は心の中で叫んだ。


(雪ちゃんなんか、大っ嫌い!)




























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ