18
翌朝、目覚めると、そこには見知らぬ光景が広がっていた。
「んぁ……?」
寝返りを打つベッドが、やけに広くてふかふかしている。
こんなに糊のきいたシーツを敷いていただろうか。
カーテンを通して薄日が差している。大きな窓、高い天井、贅沢なソファー。
「んんん……」
もう少しだけ寝ていたい。ふかふかの枕に頭を突っ伏したとき、何かが鳴った。
ブーッ、ブーッ。
どこかでスマホが振動している。
(うるさい)
蠅じみた音を止めようと手探りするが、見当たらず、スマホは鳴り続ける。
(ん~もう!)
限界になったところで、一度音が途切れた。
(よっしゃ寝よ……)
と思った瞬間、また鳴り始めた。
(もーしつこいな、何やのよ)
仕方なく諦めて、ベッドの上に体を起こす。
そのとき、バスローブがはだけ、胸元があらわになっているのが目に入った。
「うぇっ?」
(バスローブ?)
そんなもの着ていただろうか。
小さなげっぷが出る。頭が痛い。
ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ。
「はいはいはいはい、分かった分かった」
床に落ちていたスマホを取り上げ、無我夢中で電話に出る。
「もしもしぃ?」
『どこにいる!』
雪乃の声だった。
「え、どこ?」
混乱しながら、朱理は周囲を見回す。
「どこって……どこ?」
『それはこっちの台詞だ!昨日からずっと電話してるのに出ないし、小日向に迎えに行かせてもいないって言うし。警察に通報するところだったぞ』
雪乃の怒鳴り声で、ちょっとずつ目が覚めてきた。
同時に、こめかみがずきずきと痛む。
「痛たたた……」
『聞いてるのか!!朱理』
「んー……」
(気持ち悪い……)
水が飲みたくて、朱理はよろめきながらベッドを降りた。
テレビの横に食器棚と冷蔵庫、それに小さなバーセットがあった。
コップに水道水を入れて、一気に飲み干す。冷たさが喉にしみた。
(どっかのホテル……やよなぁ?)
自分がなぜここにいるのか、何がどうなっているのか思い出せない。
記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっている。
直感的に分かるのは、この状態は非常にまずいということだけだった。
上手く説明できないけれど、これはまずい。かなりまずい。
『迎えに行くからそこにいろ。リッツなんだろ?』
「リッツ?」
まごついていた朱理の頭に、ある単語がひらめいた。
――リッツカールトン。千石貴文。
「ああーっ!!!」
奇天烈な声を上げたものだから、電話の向こうがぎょっとした。
『どうしたっ』
(思い出した。昨日お見合いで……)
イケメンのバツイチ医師、千石貴文と会食をした。
美味しい会席料理、すっきり辛口の日本酒。白い歯、優しい笑顔。
猛烈にダッシュして、朱理はベッドのかけ布団を払いのけた。
そこには一糸まとわぬ千石貴文の姿が――あるわけもなく、大きく息をつく。
(……ないない。さすがにないわ。ドラマちゃうし)
「はあ~」
安堵と失望がまじった、乾いた笑いが漏れる。
『朱理?聞こえてるか?!』
「ごめんごめん。とりあえず大丈夫やから、すぐかけ直すから待ってて。ほんまにいける。ほんまに大丈夫」
早口で言うと、有無を言わさず電話を切り、速攻で着替えて荷物を取りまとめる。
(千石さんと鉢合わせしませんようにしませんようにしませんように)
昨日のことは全く覚えていないのに、なぜか祈っていた。
(恥ずかしすぎる……酔って変なこと口走ってなかったらええけど……マジの黒歴史やわ)
きっと彼は酔い潰れた朱理を休ませるために、ホテルの部屋を取ってくれたに違いない。
どんな醜態をさらしたかと思うと、顔から火が出そうだった。
――しかし、それはとんでもない勘違いだったと、後ほど朱理は思い知ることになる。




