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「千石さん」
「はい」
「もし、もしの話なんですけど。もし雪ちゃんとお見合いして、それでお互いの気持ちがあったら、結婚を考えてくださいますか」
「もちろんです」
即座に貴文は請け合った。
「もし雪乃さんが僕を選んでくれるなら、一生かけて大事にします」
(ええなぁ……雪ちゃん。こんなイケメンに愛されて、お医者さんの奥さんになれて。専業主婦で一生安泰やん)
就活を始めた身としては、羨ましい限りである。むくむくと嫉妬心が湧いた。
「朱理さんの彼氏さんは、どんな方なんですか」
「えっ」
急転直下な話題の変更に、朱理はうろたえた。
「いや、あの、彼氏はいません」
「ははは、またまた~嘘がお上手ですね」
「ほんまです。そういうの、ちょっと苦手で」
言いながら、顔が燃えるように熱くなってきて、朱理はうつむいた。
その様子を見て、貴文は猫のように目を細める。
「もったいないですね。可愛いのに」
「もう……からかわないでください」
首を強く左右に振ると、急に視界が歪んでぼやけた。
(あれ……?)
平衡感覚がおかしい。頭がぐらぐらする。
「朱理さん? どうされました」
異変に気づいたのか、貴文が立ち上がり、机を回ってこちらに近づいてくる。
(やばい、酔い回ってきた)
「らいじょうぶれす、しぃません」
大丈夫です、すいませんと言ったつもりが、酔っ払いそのものの声が出た。
(恥ずかしい~)
とりあえずトイレにと立ち上がろうとしたが、バランスを崩して倒れ込んでしまう。
「おっと」
気づいたら、貴文の腕に抱きかかえられていた。
温かく、たくましい腕。
(やばいやばいやばいやばい)
体が熱く、湯気が出そうに火照っている。
目が回る。足に力が入らない。
「朱理さん、大丈夫ですか」
貴文が覗き込んでくる。息がかかりそうな至近距離に、心配そうな彼の顔があった。
(眼福……)
正直すぎる感想を抱いたのを最後に、朱理の意識は途切れた。




