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タロットとライオン  作者: 凪子
【THE DEVIL.】
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約束の日、小日向は朱理のマンションの前にハイヤーで迎えに来ると、お姫様のように丁重な扱いをしてくれた。


リッツカールトンホテル内にある和食レストランの個室で、今度こそ本物が待っていた。


「はじめまして。千石貴文と申します」


(うわぁぁぁ……イケメンきたーっ!)


朱理は息を呑みつつ、心の中で叫んだ。


俳優のように清雅な目鼻立ち、普通のサラリーマンでは逆立ちしても買えないであろう、上等な濃紺のスーツがびしっと決まっている。


「あ……えっと、梅本朱理です。今日は、雪乃さんの代わりで」


「はい。小日向さんから事情は伺っています」


畳の敷かれた座敷に、正座で縮こまっていると、彼はにこっと笑って手を差し伸べた。


「よろしくお願いします」


思わず反射的に手を出すと、力強く握り返される。


心臓が激しく鳴り響いた。


「素敵なネックレスですね」


「あ、ありがとうございます……」


先日、報酬としてもらったダイヤのネックレスを、分不相応かと思ったがお守り代わりに身につけてきた。


目ざとく見つけ、さらりと褒める貴文に、朱理はますます恐れ入った。


(うーわー、緊張する。まじ涙目。イケメンすぎて何を喋ったらいいか分からんわ)


おまけに出てくる会席料理も、器といい見た目といい味といい洗練されている。


小鉢に入った菜の花のおひたし一つとっても、繊細で風味が豊かだ。


みるみるうちに香の物、お吸い物、刺身、焼き物、煮物がずらりと並んでいく。


「それにしても驚きました。小日向さんのおっしゃっていた『監査役』が、まさかこんなに可愛らしいお嬢さんだなんて」


茶目っ気のある瞳で貴文は切り出した。


朱理は熱くなった顔を押さえてうつむく。


「いえいえ……とんでもない」


「覚悟してきましたので、どうぞ手加減なしでお願いします。あなたのテストをパスしないようであれば、僕は雪乃お嬢様に相応しい男ではなかったということですから」


「ごめんなさい。嫌ですよね、こんな試すようなことをして」


(しかも雪ちゃん、そもそもお見合いする気ゼロやしなあ……)


せっかくイケメンでも、それだけで雪乃が首を縦に振るとは思えなかった。


「いえ。今日、朱理さんに会ってもらえただけで嬉しいです。そもそも風間社長のお嬢さんとお見合いだなんて、僕にはもったいないお話ですから」


謙虚な物言いに、朱理は目を丸くする。


「いかがですか?」


日本酒の入った透明なとっくりを持ち上げ、貴文は微笑みかける。


普段ほとんど日本酒は飲まない朱理だが、言われるがままにおちょこを差し出した。


「……実は僕、離婚歴があるんです。前の妻との間に、女の子が一人います」


思ってもみなかった言葉に、朱理はぎょっとした。


貴文は察しがよく、気まずくなる前に言を継いだ。


「三年前です。妻が別の男性を好きになってしまって……忙しさにかまけて、家庭を放置していた僕が悪いんですが」


「今、お子さんはどちらに……?」


「親権は妻が取りました。再婚した後、向こうの家庭で一緒に暮らしています。

僕は養育費を支払ってはいますが、まだ三歳なので、成人するまで会わないつもりでいます。

……父親が二人いるんじゃ、穂乃香(ほのか)が混乱するでしょうから」


そう言って、貴文はおちょこに唇をつけた。その仕草が妙に色っぽい。


流し目で視線を送られて、朱理はどぎまぎする。


「僕は大学病院の眼科で勤務しているんですが、診察や論文や学会で、なかなか自分の時間が作れないんです。年も三十二で雪乃さんとは十も離れているし、あまりいい夫にはなれないんじゃないかと思います。……だから、この話をいただいたときは、正直半信半疑でした」


「あ、でも、雪ちゃんは海外暮らしも慣れてるし、一人でいるの苦じゃないと思います」


しょんぼりしている貴文がかわいそうになって、朱理はつい口を出した。


「お医者さんの仕事が忙しいのは仕方ないですよ。それに雪ちゃん、バツイチとか子どもがいてはるとか、そんなん気にせぇへんと思います」


「ありがとう。朱理さんは優しい方ですね」


貴文は目尻をくしゃっとさせて、人懐っこい笑顔を向けてくる。


どきどきしすぎて間がもたず、朱理はつい一気に日本酒を飲み干してしまう。


「どうぞどうぞ」


にこやかに言って、すぐさま貴文が酒を注いでくる。


(そろそろやめとこ)


緊張を紛らわせるために飲んでみたものの、この酒、なかなかアルコール度数が高そうだ。


これ以上飲むのはまずい。

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