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雪乃とのライン電話がつながったのは、その日の深夜になってからだった。
「もしもし雪ちゃん?」
『おー、朱理か。どした?』
「どした?とちゃうよ。今日お見合いの日。何回もライン送ったのに反応ないし!大変やってんから!」
『お前まさか行ったの?はははっ、馬鹿だね~』
明るい笑い声に、堪忍袋の緒が切れた。
たっぷり二十秒、朱理は沈黙を保つ。
「…………………………雪ちゃん?」
『何だよ』
「やっていいことと悪いことがあるやろ?お見合い来ぇへんのやったら、連絡してくれたら私だって行かんかったやん。何で無言でドタキャンすんの?」
押し殺した声に怒りを感じたのか、雪乃はようやく謝った。
『ごめん』
(何か知らんけど涙出てきた)
朱理は鼻をすすって続ける。
「伯父さんに何て報告したらええんよ……」
『ごめんって。親父には私のほうから詫び入れとくからさ。な?機嫌直せよ』
「いや、それが違うねん。違う人やってん」
『何?』
「お見合いに来た人。千石って人じゃなかってん。全然別の人。ライオンキングみたいな」
『は?ライオンキング?』
言いながら面白くなってきて、朱理は吹き出した。
(だってあの頭、ほんまにライオンっぽいもん)
「とにかく謎すぎやけど、向こうも本物じゃなかってん。来てすぐに帰ったよ」
朱理は口をつぐむ。
「千石貴文に近づくな」と言われたことは、何となく言わないほうがいい気がした。
『そいつの名前は?』
「何やったっけ……忘れた」
『千石の知り合いか?』
「え、聞いてへん。何も言うてへんかったし」
『お前なぁ……』
ハスキーな溜息が聞こえてくる。
『初対面の素性も知らない男と、ホテルで二人きりになるんじゃないよ。ヤられたらどうすんだ』
「や、やっ……!」
びっくりして言葉が喉に引っかかる。
結果、うめき声のような音が出た。
「いきなり何言うてんのよ雪ちゃん!!」
『ライオンキングにはもう会うなよ。まさか連絡先教えてないだろうな』
「教えてへんよ!大体、もともと二人で会う予定じゃなかってんからね。雪ちゃんがドタキャンなんかするから、こんなことに」
『あーはいはい、分かった分かった。じゃあな』
ぶつっと音がして、唐突に通話が途切れる。
朱理は唖然とした。
「何なんもう、腹立つ~!!」
寝心地のいいベッドの上でごろごろ転げ回る。
腹立ちまぎれに、柔らかいビーズクッションを思いきり蹴飛ばした。




