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朱理が口を開くと同時に、ライオンヘッドの男が胸ポケットを押さえて立ち上がった。
どうもスマホが鳴っているらしい。
彼が離席した隙を見計らって、朱理は藁をもすがる思いでスマホを見た。
雪乃からの連絡はない。
【雪ちゃん、今どこ?】
【お相手の方、もう来てるんやけど!】
困った顔の絵文字を打つ指先が震える。パニックを起こしそうだった。
(どうしたらいい?)
あの男が帰ってくる前に、席を立ってしまおうか。
無意識に鞄の中に手を入れると、硬い感触にぶつかった。
(そうや。タロット)
何となく必要な気がして、タロットカードを鞄の中に入れてきたのだ。
朱理はトランプの要領でカードを切り、注意深く一枚引いた。
出たのは、【THE FOOL.】。
日本語で言う『愚者』のカードだ。
カードに描かれている男性の髪の色は、あのライオン男と同じだった。
(つまり、アホは私じゃなくて、あっちのほうやってことや)
そう考えると、少しだけ心が落ちついてくる。
「お待たせしました。アイスコーヒーでございます」
ライオン男が席に戻ると、見計らったようなタイミングで飲み物が給仕された。
「ロイヤルミルクティーください」
朱理がついでに注文すると、ライオン男は「頼んでなかったんか」と驚いた顔をした。
「そりゃそうでしょう。一応、お見合いですから。相手がどうであっても礼儀正しくしやんと」
込められた皮肉の響きを感じ取ったのか、ライオン男はにやりと笑う。
「さすがお嬢やな。まあ俺はコーヒー飲んだら帰るから、お前もその何とかミルクティー飲んで帰り。おごったるわ」
「要りません」
切り口上で朱理は言い返した。
ライオン男が軽く目をみはる。
「ほんなら、この話はなかったことでいいんですね?」
「そうや」
涼しい顔に戻ると、ライオン男はコーヒーを一気に飲み干す。
そして、急に鋭い目で周囲を見回した。
「……何ですか?」
「いや別に?じゃあな」
立ち上がった男性を見て、頭の中に電流のように直感が走った。
思わず彼のスーツの袖を掴んで問いかける。
「……あんた、誰?」
ライオン男の目がすうっと細められた。
先ほどから妙な違和感があった。
まず、見た目。
お見合い相手は医師だと聞いていた。こんな奇抜な髪型をした医師がいるだろうか?
それに、雰囲気。
お見合いに来たはずなのに、敬意を払うどころか意図的に失礼な振る舞いをしている。
極めつけは、名前だった。
ライオン男は姿を現して以来、一度も名乗っていない。
「あんた、千石さんと違うやろ? 本物の千石さんに代わって、先に現れて、このお見合いを潰しに来たんや」
愚者は先行きが読めず、未知数を意味するカードだ。
きっと、想定外のことが今起こっている。




