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石油王と結婚したい。
友達が隣で言い出せば、ベタな冗談だと笑い飛ばしてきた。
そう、これまでは。
(あーあ、就活めんどっ。石油王と結婚したいわ~)
まさに今、梅本朱理は、その願いを真剣に心の中で呟いていた。
時は二〇XX年三月七日。立春は過ぎたものの、冷たく乾いた風がコートの裾を巻き上げる、そんな日の昼下がりである。
大学は休みだ。
とにかく大学というのは、休みが長い。
春休み、夏休み、冬休みを足すと、年間の半分近くは休んでいる。
大学生の本分は、勉強より休むことではないかと疑うくらいである。
だが大学三回生の春休み、目前に四回生を控えているせいか、いまいち朱理の気分は上がらなかった。
幸い景気は悪くない。売り手市場と言われているし、どこかには内定をもらえるだろう。
朱理がぐずぐずしている間に、周りはみんなインターンやOB訪問を開始している。
でも、いよいよ就活を始めなければならないのかと思うと、うんざりした。
「もしもし? なっち?」
LINE電話がかかってきたので、秒で通話ボタンを押す。
「ごめん、今日は用事あるねん。……え? バイトと違う。伯父さんと会って、ご飯。……うん、うん。ごめんなー、ほんならまたね」
電話を切ると同時に、ナイフのような風が頬をかすめていく。
「ううー寒っ」
襟元のマフラーをきつく巻き直して、朱理は足早に交差点を渡り、そびえ立つ灰色の建物に近づいた。
JR大阪駅。
ショッピングモール内にあるお洒落なレストランで、伯父が待っているはずだった。