009 ファンサービス
こちらに来てから二週間、少しだけ生活にも慣れてきた。
朝、いつものように着替えが始まる。
「いやー、さっちゃんは何着せても似合うっすねー」
着るものに関しては、天野さんに一任している。というか、勝手に揃えて持ってくる。
昨日はスカートを履かせようとしてきたが、それは越えられない一線だ。
確かに女装癖はある。フリルもレース生地も好きだ。リボンも愛している。
だが、下半身は半ズボンだ。これは変えられない。
それにしても……
「天野さん、これレース部分が多くないですか」
もう何かフリフリで恥ずかしいが、好きなのでそれを断れない自分もいる。
まぁ、裸とどっちがいいか選べ、と言ってるのだからしょうがない。
「何言ってるんっすか。花柄ワンピースを着せたいのを我慢してるというのに」
「これほどの素材を活かすために、日々どれだけ悩んでいると思ってるんすか」
「言っておきますけど、こっちも皆の期待が、圧が掛かって大変なんすよ」
なんかブツブツ言い始めた。
ん、皆の期待?
「せっかく女性ファンも増えているというのに。今更やめられませんよ」
えっ、何それ初めて聞くんだけど。
僕がこっちに来てから、身の回りの世話は天野さんがほとんどしてくれて、あまり他人とは関わってないんだが。食堂のおばちゃんくらいしか話したことがない。
誰が見ているの、怖いんだけど。
「まったく……、上下の下着だって揃えたいのに…」
上?
最後に恐ろしい計画の一端を聞いたが無視することにする。
女装は趣味だが、下着は男物を使っている。
ここら辺も中途半端なのだが仕方ない。可愛い服を着たいという気持ちと、あくまで男であるという気持ちの葛藤なのだ。
―――ワンピース、ファン。
気付いたことがある。こちらではそれなりに外来語が通じるという事だ。
外来語といっても、僕がいた日本の外来語なんだが。
こちらの世界では外来語の外来語みたいな感じなんだろうか。
採寸のときはセンチを使い、距離の測定にはキロもメートルも使う。
ちなみにセンチは『糎』、メートルは『米』、キロは『粁』の字を当てて使うそうだ。
一応、これも向こうの日本と同じである。らしい。
僕はそんな漢字表記したことない。
まぁ、ヤードやインチを使うアメリカよりも国際標準だろう。
さすがにメートル原器は使えないから正確な測定値は違うだろうが、僕の感覚で言えば向こうと同じ長さだ。
僕の制服やらその他もろもろの服の採寸のときに、この世界でメートルやセンチを使っていることを知ったのだが、導入までの経緯を天野さんが僕に説明してくれた。
結局、僕の居た日本が欧米文化を取り入れて急速に近代化したように、この日本でもそれを取り入れざる得ないということになったらしい。基本的に魔力以外の知識は、すべて僕の居た日本が上なのだ。
30年ほど前に、当時この国で問題になっていた長さや重さの基準が地方によってバラバラという難題に対して、統一基準を作る度量衡法制定されたのだが、その際に僕がいた日本のセンチやメートル、グラム等々を取り入れたそうな。で、導入直後は国が戦争になるんじゃないかくらいの大騒動になったという。
年貢の収穫量の基準となる器のサイズが何やら、道路の道幅に関わる通行税等々で一悶着あったという。
その問題を差し引いても、カチッとした統一の基準を作るということは多大なメリットがあるということだ。
そこで参考となったのが僕が住んでいた日本の度量衡法である。
基本的に現体制に影響なければ、渡り人からの知識を参考に社会を変換していった。
このセンチやメートルに限らず、何でも吸収しようとする姿勢が、片仮名外来語がこちらでも使えるほど一般化した理由である。
………という片仮名外来語がこっちでも使えますよの話が一としたら、一を百にするくらいの天野さんの説明を受けることになった。説明下手の話好きなんだよな。
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さて、朝食も着替えも終わったことだし、朝練と行きますか。
ここのところ、ずっと天野さんと一緒に魔力の基礎訓練に明け暮れていた。
訓練と言っても、運動場の片隅に突っ立って、魔力を腹の底に感じ呼吸をするだけだ。
アクションシーンがまったくない。
多分、傍から見たらすごい地味だと思う。
地味な割に、ちょっと気を抜くと腹の底の魔力が霧散してしまって難しい。
思いの外、集中力がいる訓練だと実感させられる。
今まで意識してなかったが、遠くの茂みの中で女性のキャッキャした声が微かに聞こえる。
「こら、乱れてますよ」
天野さんは僕の頭を軽くポカっとやった。
「いずれは、意識していなくても魔力を常時発動するようになるんすからね」
今日の朝聞いてしまった謎のファンに気を取られてしまった。
茂みから聞こえる黄色い声がそうなんだろうか。
ちょっとファンサービスをするか。
両腕を挙げて、腋をチラリと見せてみる。
現状の自分の価値を知るのも悪くないだろう。
きゃー きゃー きゃー
きゃー きゃー っしゃああああーー
きゃー うおおおおーーー
きゃーっという可愛らしい声に交じって、うおーとか何か野太い声も聞こえるんだが・・・。
「ほら、バカなことやってないで集中!」
そんなことを言っている天野さんだが、妙にニヤついたエロ中年オヤジみたいな顔になっている。
何なの、この人は。
魔力の使い方も少しずつだが分かってきた。
体の奥底に燃料があって、それを血管に行き渡らせ皮膚の先で爆発させる感じだ。
今までは燃料ポンプが閉じてて、エンジンがうんともすんとも言わない状態だったのだ。
だから天野さんは、その道を作った。
というよりかは、元々ある道を認識できなかっただけだから、そこに道があると体に教え込ませたと言っていた。
手の先には魔力の道があり、そこに魔力を注げば逆流して燃料タンクまで勝手に道が開ける。
この前やったことは、そんな理屈らしい。
まったく荒っぽい人だ。
今やっているのは、開通した道に魔力が通りやすいようにする道路整備のような訓練といったところか。
「順調、順調」
天野さんはご機嫌だ。
「これなら、今すぐ学校に行っても遅れはとらないっすかね」
こちらの学校も競争社会のようだ。
「私の指導の賜物ですな」
「もはやお前に教えることは何もない」
いや、あるでしょ。
うんうん、頷きながら師匠っぽい真似事をしている。
僕は思ったより飲み込みがよく、自らの才を発揮しつつあるようだ。
「これなら次の訓練に行けるか・・・な」
天野さんはぶつぶつ言いながら
「今日の最後に刀を握ってみますか。そんな修行僧のような訓練つまらないでしょ」
何より私がつまらないと付け加えた。
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さつきちゃん「熱い視線を感じる・・・」