005 詐称
マリョク―――――魔力ときたか。
魔力、確かに元の世界にはない、僕の知らない物理法則。
異世界の実証(ケモミミ8割、魔力2割)という難題を簡単に証明されてしまった。
僕は目を輝かせた。
僕はこの世界に猛烈に魅せられた。
信じた。これは異世界だ。日本を名乗る異世界だ。
「指先に魔力を籠めれば、さっちゃんでも余裕で出来るっすよ」
冗談なのか、本気なのか。
と、思っていると、天野さんの表情が青ざめていく。
「うーん、自分でやってなんですが、これは怒られる気がします」
急に真顔になっている。
「これはヤバいっすかね」
いや、僕に聞かれても。
「とりあえずこの場を離れましょう」
天野はそう言うと、庭に靴下のまま降りて汚した足を気にすることなく、そのまま庭から廊下に戻り、早歩きで廊下を渡る。
「那波に叱られる。少し調子に乗ってしまいました。これは不味いっす」
「あー、やばいやばいやばいやばいやばい、落ち着け、落ち着くのです、自分」
呼吸を整えている。
実力はともかく、この人がこの世界で有数の強さを誇るのか。
「しょうがないのです。あの場でさっちゃんに信じてもらうには、あの位の破壊は必要だった。よし、よし!これだ」
全然、よしじゃないと思うが。
犯行現場からだいぶ離れたので歩きがゆっくりになった。
「そもそも、あの場で私の強さを疑うのも問題です」
してみせろとは一言も言ってない。
矛先が変わってきた。逸らさなければ。
聞きたいことは山ほどある。
「ねえ、僕のようにこちらに来る人、『渡り人』だっけ、かは多いの?」
「そうっすね…。そう多くはないっすね。でも、来ないときは100年経っても来なければ、今回のように1週間で来ることもあるから」
1週間前もいたんだ。
「ええ、名前は、葵加奈子ちゃんっすね」
「まあ、諸事情で私が担当できないんっすが、とっても…、うーん」
「とっても、何ですか」
「そのうち会うから、会って判断してくださいな」
楽しみだ、言ってみれば同郷の者だ。
名前からして女性か。どんな女性なんだろうか。
そうこうしているうちに、大広間の前まで来た。
「みっちゃん、連れてきたよー」
大声で叫んでいる。
だから誰だよ、みっちゃん。
ちょっと待ってね、と入り口で待たされた。
少し経つと、天野さんが大広間から戻ってきた。
「ここからは一人で行ってね」
天野さんがウィンクして去って行く。何、そのアイコンタクト。異世界感を壊さないでほしいな。
・・・・・・
いきなり一人にさせられた。奥に行けってことか。
板張りの床は使い込まれてはいるが、顔が映り込むくらいよく磨かれている。広間全体から高級というよりは荘厳な雰囲気が漂っている。
奥には四角に隔てられた帳が垂れ下がっている。
帳の前には畳が敷かれている。座ればいいのだろうか。
帳越しに男性の声が聞こえる。帳で顔は分からない。
「お主、名を何という」
声の主は、若そうな男の声だった。
「こんな可憐な少女とは…」
まぁ、普通に電車で痴漢される僕がセーラー服を着てるから、これはしょうがないよね。
訂正も面倒だから、聞き流す。
「まずはそちらから名乗るのが礼儀では」
電話のエチケットだ。電話じゃないけど。
僕はここに呼ばれたのだから、礼は欠いてない。
「余を前によく言う。なるほど、それが礼儀かな。ならば名乗ろう。ミカドだ」
なるほど、ミカドのみっちゃんか。
「私は源静香(詐称)よ」
知らない人に名前を教えてはいけませんと学校で習っている。
昨今の情報リテラシー教育の賜物であろう。
「なんと…」
帳の向こうで息を飲むのが分かる。
名前に衝撃を受けているのか。
確かに『ドラえもん』のしずかちゃんを名乗ったのだから驚くと思う。
さくらももこか月野うさぎの方がよかったかな。
「では、源静とやら」
「しずかちゃん(詐称)で結構よ」
これを最後まで通すのか。
「静…ちゃんか、懐かしい名前を聞いた」
昔からのドラえもんファンなんだろうか。
「実を言うと、お主とは顔を見れば十分と思っていたが……」
「今は、こうして会えたことを嬉しく思う」
「にしても…、なるほどな。面影がある」
何か、僕の知らないところで話が進んでいるんですが。
僕が誰に似てるんですか。
「あの~、一ついいですか。どこかでお会いしたことありましたっけ」
ナンパみたいなことを言ってしまった。
「お主とは初めて会う」
初めて会ったのだ。
「そうですか、なんか私のことを知ってそうだったので」
「そうだな、知ってはいる。余の大切な人からの予言だからな。神託にも等しい」
予言ですか。
魔力とか言ってるんだから、予言の信憑性も天気予報以上の精度なのか。
これが、サツキちゃんが来るからセーラー服を用意しといて、という謎の予言のことかな。
「今日は疲れたであろう。部屋を用意させる」
「ゆっくり休むがよい。サツキちゃん殿」
やっぱり知ってるよね。
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サツキ(和装)