003 宇宙より遠い場所2
「一応聞くけど、こっちでは男もスカート履くの?」
セーラー服の少女は軽く咳ばらいをして
「すみません、サツキちゃんが来るから『せえらあふく』を用意するように…と、予言がありましたので、女性かな…っと。まあ…すみませんっす」
なるほど。確かに僕の名前は女性っぽい。誰が予言したか知らないけど、セーラー服を用意するようにと言われたら、そりゃ、女性が来るかなと思うよね。
予言か…。何にせよ、ある程度の個人情報が漏れているようだ。
まぁ、服に関しては、結果的に僕がそっちの趣味の人だから問題なかったが。
「あっ、申し遅れました。私の名前は天野乙葉って言います」
「僕は、鞍馬サツキ」
これは、どうもどうもと、お互いお辞儀をする。
「ええと、あなたの今の状況を説明するっす」
と、言ったところで、
「っと、その前に確認ですが、サツキちゃんは死にましたか?」
いきなりサツキちゃんになっているが、それは置いといて。
すごい事を聞いてくるが…まぁ、僕が置かれている状況はそういう状況なんだろうな。
うーん。
直前の記憶を思い出す――――。
「死んだと思う」
思う。…としか言いようがない。
確かめようがない。
死んだと思ったら、いきなり素っ裸で18禁罰ゲームを味わっている。
「自覚があるのなら話が早いっす。中には自身の死を認めたくない方もいるんで」
いろいろ大変なんすよ、と肩を竦める。
幸い、僕は半分自殺のようなものなので、感情もなく聞いていられるし、平然と受け入れることもできる。
ゆっくりと抑揚を抑えた口調で天野は続ける。
「あなたは死んで、この世界に転生しました。以上っす!」
以上っす!て…、この子バカなの?説明下手とかそんなレベルじゃない。
ってか、僕の現状ってそんな簡単なものなのか。
「まあ、実のところ、あなたが死んだかどうかは私たちも確認しようがないんっすよね」
「はっはっはっは」
お互い笑いあう。笑い事じゃない。
今までこちらに来た人の話を総合すると、そんなんじゃないかなーと思う程度の確証らしい。
何それ。
「ここまでよろしいっすかー。ちゃんと着いてきてますか」
よろしくないが、僕は軽く頷く。
「取り乱す人も多い中、平然としていられるは流石っすねー」
平然も何も、判断材料が少なくて黙って聞いているしかない。
特に否定する要素もないため、呆然と現状を受け入れているだけだ。
おそらく取り乱す人は未練がある人だと思う。
そう考えると僕は転生向きではある。
向こうで人生を使い切ったのだから、思い残すこともない。
天野は更に続ける。
「あなたのような人を、こちらでは迷い人やら渡り人と呼んでるっす」
数か月、数年なのか、数十年なのか、たまにある季節現象のようなもの、…程度のことと説明してくれた。死んだら、皆この世界に来るわけではないようだ。
「で、その渡り人であるあなたが、こちらの世界で当面の生活に困らないようお世話をする。という勅命を私が受けています。はい」
勅命、王様の命令じゃしょうがないな。この人も運がない。
「ここまでよろしいっすかー」
よろしくない。よろしくないが、とりあえず頷く。
「理解が早くて助かります」
全然、理解してないが。
運命というのも少なからずバランスをとっているのか。
バランスだったら、これでもマイナスに振り切れている。
死ぬ前に僅かばかり取り戻したが、今のところ人生の収支的には大赤字だ。
まぁ、最終損益は今後の僕の生き方に掛かってくるわけだが。
「で、僕はこの世界で何をすればいいの?」
思わず口からこぼれてしまった。
「逆っすよ逆。この世界があなたにするんすよ」
「何、それ?」
意味が分からない。
天野は笑ってはぐらかす。
この人、絶対何か知ってる。
「ねえ、僕たちって会ったことがあるの?」
「いえ、初めまして、っすよ。嘘は言ってないっす」
考えても仕方ない。
「今後ともよろしく」
まっ、今はいいや。今はこれでいい。
とりあえずはここのことを知りたい。
「で、本当に僕は転生したの?天野さんの日本語、すっごく上手なんだけど」
東京者と言ってもいいくらいの日本語ネイティブ標準語発音だ。
しいて言えば、「っす」が口癖の部活系後輩女子高生か。
ちなみに僕は神奈川県出身だが、出身地を神奈川と答える人は、ほとんどが横浜市以外の神奈川県民だそうな。
とにかく、ここまで標準日本語だと転生したのが心配になるくらいだ。
異世界感がない。異世界情緒皆無だ。
それにセーラー服だし…、しいて言えばちょっと和服感があるセーラー服だが。
天野は少し笑みを浮かべ
「ここも日本だからっすよ」
待ってましたと言わんばかりの顔をする。
「日本と言っても、この世界の日本はサツキちゃんの知っている日本と違うっすね」
天野は、むーっ、と悩みながら
「何と言ったらいいっすかね。んーーー………、簡単に言えばサツキちゃんの住んでいた日本国の…人がこの地に転生して、新しい日本国を建てたんすよ。800年くらい前っすかねー。だからここも日本なんすよ」
ここも日本、日本語が通じるのは当たり前。……ということらしい。
距離で測れるかは不明だが、日本からもっとも遠い日本語文化圏誕生秘話を聞いてしまった。
「この服も見覚えあるっすよね。こちらでは割と最近になって導入された学徒兵用の服っす」
その名のとおり水兵の軍服だから本来の用途としては正しいんだが、現代日本での用途とは少し違う気もする。
「こちらの世界に来る渡り人は、ほぼ全てが日本人なんっすよ。だからそちらの日本の物も多く伝わってるんっすよねー」
日本語然り、セーラー服然り。
「この部屋を出れば尚更、ここも日本だと理解するっすよ」
歴史的一歩である。この世界に同時期と言うか、1週間前に来た葵加奈子との出会いはほんの少し先になる。
天野乙葉