001 コンティニュー
異世界から来た。と伝わる。
新暦825年、鞍馬サツキはこの地に記念すべく第一歩を踏み出した。
踏み出したと言っても、英雄志願で田舎から刀一本携えて上京したわけではなく、この世界で稀に見られるという転生らしい。
らしいと書くのは、この事象が800年以上続く割には、あまり研究が進んでいない分野であり、確認しようがないからである。
転生の最低限の解説をするならば、当人にとっての死後の世界がここであるらしい。
あくまで、らしい……である。
この場で死後の世界を解き明かすのも不毛なので、ここまでとする。
大事なのは、突如としてこの世界に鞍馬サツキが現れたという事実である。
鞍馬サツキが小説の主人公として描かれる場合、当然のことながらこの世界に来てからのことが99厘である。
この世界に来る前、つまり生前の伝承は、ほとんど残っていない。
後世に英雄として語り継がれた人物としては寂しい限りである。
一説によれば、当人が過去をあまり語りたがらなかった。との風説がある。
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やっぱり僕は死んだのか。
湖の真ん中に小さなお堂が建っている。
僕が日本人だからか、死後の世界は和風だった。死んでもまだ知見が広がるのか。
「きれいだ」
何のひねりもない感想が漏れる。
見たことのない光景だ。
当然のことながら死後の世界というのは見たことないが、現実離れしたこの光景は限りなくそれなんだろうな。
死ぬ寸前に見るというあれかもしれないが。
それだと今この瞬間に目を覚ましたら痛いだろうな。自業自得だが、それだけは勘弁願いたい。
それなら目を覚まさず、そのまま死にたいものだ。
まぁ、僕は間違いなく普通の状態じゃないのは確かだ。
よくよく見たら僕は素っ裸だし、そもそも湖に立っているという状況が現実感をなくしている。
ここに突っ立っててもしょうがないので、お堂に近づいてみる。
お堂から声が聞こえる。
女性の声だ。
「―――ゆめのあと――――、あなたが死んだあと――――、これからずっと―――」
あまり聞き取れない。
今度は男の声だ。
「ならば、本望よ」
楽し気な笑い声が聞こえてくる。
本当に楽しそうだ。
誰が話しているのだろう。
お堂を覗き込んだところで、僕は光に包まれて意識は途切れた。
そして思い出すことのない記憶となった。
これは僕が望んだ世界だ。
僕は壊れて、壊して、越えてはならない境界線を、何時の間にかに越えてしまった。
自分でもびっくり。
原因は色々あると思うが、結局のところ生まれ持っての資質である。
同じ境遇の人は結構聞くが、ここまで越えたのは僕ぐらいだろう。
後悔はないが、完璧に事を成し遂げたかだけが気掛かりだ。驚くほど良心の呵責もなかった。
よくよく考えたら壊れた僕には、これしかなかった。
……と思う。今更、どうこうね……。
僕は冷静沈着且つ電光石火で事を成し遂げ(たと思うが)、現在に至るのであった。
どうすればよかったのだろうか。
最善の選択肢が最良の結果とは必ずしも言えない。
答えは出ない。答えは出ているが、僕は認めない。認められない。
いや、本当にどうしたものか。
僕を変えるか、世界を変えるか。世界が変わるか、僕が変わるか。
僕は人生に失敗した。
ゲームオーバーだ。
ゲームオーバーなのに、たった一度っ切りの人生なのに、コンティニュー画面が現れた。
10秒、9秒、たぶん、これが0になれば本当に終わる。
進むか終わるか…。正直、戻るのも辛いし。
そもそもこれ以上の成果を望むのは難しいだろう。そう考えると僕の人生はクソゲーだったのだと改めて実感させられる。
5秒、4秒、
僕は、僕の可能性を見たい。
2秒、1秒
コインを入れる音が響く。
映し出された画面は、全く別のゲームタイトルだった。世界が変わった。
自らの崇高で愚かな行いによる結果なのかは不明だが、僕こと鞍馬サツキは転生…なのかな…をしてしまったのだ。
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