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「はい、私は……望む。」

「誰かに深く愛されることは力を与えてくれる。

誰かを深く愛することは勇気を与えてくれる。」

— 老子


卒業後、ディランは友人の会社で働き始め、大学時代の仲間たちと共に仕事をしていた。その中にはアンドレアもいた。この新しい段階では、彼とアイリンは会う機会が減ったが、二人は距離に負けず、絆を保ち続けようと努力していた。

アイリンは、少しずつ自分の不安と向き合う方法を学んでいた。確かに成長していたのだ。しかし、特にディランが大学を訪ねてくる時など、抑えきれない違和感に襲われることもあった。

女の子たちはディランを囲み、恥じらいもなく接していた。ある者は彼の腕を掴み、またある者はセルフィーを求め、必要以上に大声で笑う者もいた。アイリンは丁寧に微笑んでいたが、内心では緊張と痛みが渦巻いていた。

そして、最も苦しかったのは、ディランがその状況を楽しんでいるように見えたことだった。

ある時、ある女の子が彼に近づきすぎて話しかけていた瞬間、アイリンは静かにその場を離れようとした。

その時だった。

風のようにさりげなく、傷のように鋭く、

オスクリタが囁いた。

「見てごらん、あの子たちを。あんなに自信に満ちて、自由で…。あなたには何があるの? 迷いと不安だけよ。本当に彼と並べると思ってるの?」

その時、ディランがアイリンの不快感に気づき、優しく近づいてきた。

「君は唯一無二の存在だよ。他の誰とも比べられない。」

そう囁く彼の声に、アイリンの中の何かがほどけていった。

彼らは手を取り合い、騒がしい場所から離れて歩き出した。

恐れはまだ彼女の奥に潜んでいたが、以前のように支配されることはなかった。

アイリンは学んでいた。ディランが彼女にとって避難所であることは確かだったが、本当の強さは自分の内側から湧き上がるものだと。

彼らは一歩一歩、共に歩みを進め、ついにアイリンは優秀な成績で大学を卒業した。

その日の午後、式典の後、ディランは静かに彼女の手に触れた。

「僕の両親に、君を紹介したい。みんなに、君がどれほど素晴らしい人か知ってほしい。」

想像もしていなかった言葉に、アイリンは圧倒された。

彼女はただの“恋人”としてではなく、“対等な存在”として彼の人生に迎えられていると感じた。

週末、彼の実家へ向かう車の中で、アイリンは緊張を隠しきれなかった。

ディランはそれに気づき、優しく彼女の手を握りしめた。

「大丈夫だよ、アイリン。君のままでいい。ここも、君の居場所なんだ。」

家に入ると、温かい笑顔とお茶の香りが迎えてくれた。父親は彼女の論文について質問し、母親は優しく紅茶を差し出した。

だが、アイリンの心をとらえたのは、ディランの妹の言葉だった。

彼女は兄の腕にぶら下がりながら、自然に言った。

「今から、あなたは私のお姉ちゃんだよね?」

その瞬間、アイリンの胸に熱いものが込み上げた。

——初めて、何かを証明する必要がないと感じた。

——初めて、本当に受け入れられたと感じた。

数ヶ月後、アイリンは翻訳と吹き替えの会社で良いポジションを得た。彼女の語学力が生かされる職場だった。一方、ディランも昇進を重ね、部門長となり、経済的にも安定した生活を築いていた。

そしてある日、ディランはついに決意を固めた。

彼女に、プロポーズする。

その日、彼はアイリンの職場の前まで迎えに来た。

「ちょっと、見せたいものがあるんだ。」

彼が彼女を連れて行ったのは、まだ家具も何もない小さなマンションの一室。

そこにはキャンドルが灯された小さなテーブルと、ワイングラスが2つだけ。

彼はゆっくりと近づき、彼女の目を見つめて言った。

「怖がらなくていい、アイリン。僕はここにいる。…僕と結婚してくれる?」

世界が静止したようだった。

アイリンの心臓は激しく脈打ち、オスクリタが顔をのぞかせる。

「もし準備ができてなかったら? もし壊してしまったら?」

だが今回は、彼女は目を閉じ、深く息を吸った。

そして——それ以上、何も聞かなかった。

目を開けると、彼女の瞳は涙で輝いていた。

「はい」と、震える声で言った。「はい、ディラン、私は…望む。」

その夜、二人は空の部屋でお互いを抱きしめた。

ソファ、キャンドル、グラス……全てが静かな証人だった。

——「私はここにいる。そして、ここにいたい。」

その空っぽの壁には、ささやき声、笑い声、愛と未来のまなざしが映っていた。

その夜、二人は愛に満たされながら「家」になった。

その後の日々は、結婚の準備や小さなエピソードであっという間に過ぎた。

そして、愛する人々に囲まれて、二人は静かに誓いを交わした。

翌朝。

彼らは抱き合ったまま目を覚ました。

アイリンは彼の胸に頬を当て、ディランは優しく彼女の髪を撫でた。

彼女は微笑み、彼はその微笑みに見惚れた。

その瞳の中には、世界全体があった。

そして、彼らはまだ知らなかった——

すべての本当の物語のように、

試練は、すぐそこまで来ていた。


アイリンは静かに目を閉じると、心の奥から声が響いた。

——「どうせまた壊れるわ。あなたに未来なんてあるの?」

それは、かつて彼女を支配していた影、オスクリタの声だった。

でも今のアイリンは、もうその声にのみ込まれない。

「そうかもしれない。でも、私は信じてみたい。」

心が揺れるたび、彼の手のぬくもりを思い出す。

恐れが訪れても、彼女は逃げない。

それは、もう彼女が「かつての彼女」ではないからだ。

強さとは、不安がないことではなく、不安を抱えながらも進む選択をすること。

アイリンは目を開け、そっと笑った。

そして、前を向いて歩き出す。

——もう、自分を疑わない。


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