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人さらい列車_05〈終〉


 じり、と一歩後ずさりする。テーブルの縁が腰に当たった。それを迂回(うかい)するも、背後には一人掛けのソファが置かれているだけだ。履いていた靴が、キュ、と床に擦れて鳴いて。


「違うよ。寺坂くん」


 折り目のついた濃紺のスカート、黒地に白のラインが入っているカーディガン。戻ってきた彼女が着ていた服は、僕が通っていた小学校の制服だった。

 腹の底がざわざわする。さらに一歩後ずさりをすれば、膝裏にソファが当たってバランスを崩した。


「ぐっ……!」


 床に背を打ち、一瞬、肺の中の空気を(すべ)て失う。痛みもあるが、列車が揺れて上手(うま)く立ち上がれない。


「私は、小学校の中庭に飛び降りて死んだわ。五階から」


 グシャリ、と真横で切符が潰れた。床に手をつき、()(かぶ)さるようにして僕の顔を(のぞ)()む。彼女の手の中でひしゃげた切符には、確かに僕の名前が記されていた。(あで)やかな銀髪に周囲と己とが切り離され、彼女の密室に閉じ込められる。


 寺坂くん。

 と、彼女が僕を呼んだのは今が初めてではない。


 一番最初、僕を起こそうと話しかけてきたときから、彼女は僕をそう呼んだ。そして、あの男の子のことは「柳田さん」と。書類でしか知らない、面識の薄い相手なら本来はそのはずだ。


「私はぐちゃぐちゃになった。ただでさえ醜かった私は、さらに目も当てられないほど悲惨な姿を(さら)した。悔しかったわ。惨めだった。憎かった。たくさんの手が、確かに私の背を押したはずなのに……誰も、そんな手は見ていないって言うの」


 歯が上手く()()わない。じっとりした寒気が全身を包み、首筋の毛が痛いほどに逆立つ。目の前にいる少女は、美しい顔を、美しい髪を、美しい肌を持っていて。そして、あの日血まみれになった制服を。


「すみうち……み、のり」


 あまりにかけ離れた外見だ、とか。もう六年前のことだから、とか。そんな理由は、僕の身勝手な事実の前に(かす)む。


 見ていなかった。僕は、隅内美範(みのり)を見ないようにしていた。できるだけ、〈隅内美範が虐げられている光景〉を、視界に入れないようにしていた。


 僕が(いじ)めたわけじゃない。

 僕は、何も、していない。


「誰かが私に(あわ)れみをかけた。三つ、欲しいものをくれてやるって。だから、皆から畏れられる、美しい姿を。それから、高校生までの教科書と、仕事が欲しいって……言った」

「……僕が」


 言葉が喉に絡む。もっと時間が欲しい。知りたいことがあった。どうしても確かめたかった。


「何もしなかったせいで、あの子は死んだんだって。後でそれを教えようと思っていたから、あんな手紙を書いたのか」


 隅内美範は、少し迷ってから僕の手を取った。肌が触れ合う。体温のない、作り物のようになめらかな手。もう一度僕の目をじっと見て、そして自らの胸に押し当てた。


 僕らを押し流そうとする濁流の音。それに負けないくらい、大きく脈打つ僕の心臓。


 薄く静かな、彼女の胸。


「た」


 これは、隅内美範の本来の声なのだろうか。ろくに聞きもしていなかったから、思い出すことができなかった。その声が(にじ)む。上擦って、嗚咽(おえつ)()まれて言葉にならない。長くきらきらとした睫毛(まつげ)。落ちる影になおさら際立つ、透明感のある白い肌。ぐ、と眉根を寄せ、閉じた目のまなじりに浮かぶ小さな水の玉だけは。


「助けてほしかった」


 心臓を鷲掴(わしづか)みにして。ギリギリと爪を立てるような、()れた瞳を見つめ返す。

 六年前、悪いことをした数人と、何もしなかった数十人に隅内美範は殺された。謝ればいいというものではない。それで自分だけ救われようなんて、虫がいいにも程がある。

 けれど、僕には伝えるべき言葉があった。


「ごめん、隅内さん。あのとき、助けられなくて、ごめんなさい」


 列車が減速していく。彼女は唇を噛み()めて、僕の胸の辺りをドン、と一度(こぶし)で叩いた。きっと全力だっただろう。全然痛くなかった。だから、どうしようもなく痛かった。

 ふっと視界が開ける。シワになった切符を丁寧に伸ばして、隅内美範は言った。言葉とは裏腹に、優しく()いだ声だった。


「私はあなたを許さない」


 切符が引き裂かれる。重なる、列車のブレーキ音。


***


 がくん、と体がつんのめってカバンが足の上に落ちた。


「え、あれ……隅内さん……?」


 ホームに列車が入ってきて、むっとした生温かい風を顔面に浴びる。あの場所に行く前と同じ、一人掛けのベンチに座っていた。覚えている。僕の手を引く、ほまれくんの力強さと……手のひらに感じた、消えようもない罪。夢なんかじゃない。


 携帯を見ると、ちょうど時刻は十二時だった。着いた頃には、もう皆お弁当やら購買のパンやらを食べていることだろう。連絡もせずに遅れてしまった。


 何十件もの不在着信と、メッセージアプリに届いている山のような未読通知。視界がぼやけて、画面の文字が水滴で滲む。目元を強く拭い、ベンチから立ち上がって列車に乗り込んだ。

 

 列車の扉、ガラス窓の向こう側。

 ホームドアが、閉じていく。





〈終〉

はじめまして、戸浦みなもです。まずは、今作をお読みくださりありがとうございました!


重いテーマを扱ったシリアスでハラハラするストーリーだったかとは思いますが、いかがだったでしょうか?

きっとweb向きの作品ではないだろうな、とは思いつつ、何か心に届くものがあればと投稿しました。楽しんでいただけましたら幸いです。


さて!

この作者他に何書いてんの?と気になってくださった神様!


現在連載中の長編作品【神に触れしは鎖の少女】はもうチェック済みでしょうか?


この作品では、女子高生の「藍果」と神っ子美少年の「弓丸」が出会い、様々な《化生(けしょう)のモノ》、いわゆる〈怪異〉とバトルしていきます。ホラー要素あり、弓や刀のアクションあり、ときめきもハラハラもありで、エンタメとしても文芸作品としても楽しめる内容となっております!


書き溜めは一章ぶん、一日数話ずつ投稿予定です。表紙イラストもありますので、キャラデザも楽しみつつ読むことができます✨文体は、今回お読みいただいた「人さらい列車」よりも柔らかくて読みやすく、ルビも多め。描写も視覚的でイメージしやすい文章となっております。また、萌え要素もバッチリあります⭐︎特に、凛とした女子高生主人公や、ミステリアスな黒髪クール系美少年キャラが好きな方にはオススメです。


どんどん更新していきますので、ぜひチェック&フォローしてみてくださいね。ではでは〜!

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