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人さらい列車_01

全5話完結です!短めの連載作品になります。シリアスでダークな雰囲気強めですが、ノベプラでは「良いものを見せてもらった」「なかなか良い」「神かな…?」「見事なお手前で!」といった反響をいただきました✨「ふうん?どれどれ……」とご一読くだされば幸いです!

 何もかもを連れ去ってしまう濁流のような音が、ごうごうと(うな)りを上げていた。


「……くん、寺坂くん」


 墨を含ませた筆で、()れた紙にそっと触れるような声。誰かが僕の体を揺さぶっている。硬い床の感触と、背や尻から伝わってくる振動があった。腕に触れている誰かの手は、先生や同級生にしては小さくて頼りない。


「あなた、死ぬわよ。そのまま寝てたら」


 じわりと縁のぼやけていた声が、今度ははっきりと輪郭を持つ。膝を抱え、枕にしていた腕の(しび)れが、時の経過を知らせている。眠気の残る目をゆるゆると開けば、そこにいたのは足のない少女だった。


「ひ……っ」


 喉が()()れて声にならない。さらさらと肩に流れるロングヘア、長い睫毛(まつげ)、その(すべ)てが新雪の色をしていて。すっと通った鼻筋、荒れ一つ無い肌、ぱっちりとした二重瞼(ふたえまぶた)に甘やかな印象の目元は、きっと同級生の女子たちがこぞって手に入れたがる代物だった。神か、またはそれに近しい何かが、利き手で丹念に描き出したような隙も人間味もない造形。仮に指先が(かす)りでもしたら、さっくり切れて血が滴るだろう。そう思わせるような鋭さがあった。


 そして、ふくらはぎから下スカートから(のぞ)く両膝の先が、すぅっと透けていて視認できない。


「あ……あ」


 腰が抜けて足にも力が入らない。逃げることはおろか立つことすらかなわず、後ずさりしようにも後ろは壁だった。そんな僕の様子を見下ろして、ふ、と。


「やっぱり、起こさなきゃよかったかも。けど、あなたと同じになるのは、御免だと思ったから」


 その少女は、ゆらりと()(あが)る煙のように(つか)みどころのない笑みを浮かべた。


 ここは……寝台列車の一室、だろうか。ベッドが一台、机と椅子が一脚ずつの個室だった。僕は床に座っていて、走行音や振動が厚い壁越しに伝わってくる。けれど、こんな寝台列車に乗った覚えはついぞなかったし、切符だって買っていない。確かに僕は、ついさっきまでいつもの駅にいたはずなのだ。


 人を見送っていた。地下鉄のホームで。通学(かばん)を抱えながら、硬く冷たいベンチに座って。


「どうしてここに来たか知りたい?」

「え……」

「知りたいなら、シェードを上げて窓の外を見てみればいいわ」

「は、はぁ」


 座り込んだまま、改めてその少女を見上げた。その銀髪や肌の色とは対照的に、彼女の瞳は黒々としていて底知れない。白いブラウスの胸元にはリボンも何もなく、膝上のスカートもただ無地の黒だ。大人(おとな)びた雰囲気はあるが、それでも中学生というには小柄な体躯(たいく)である。髪やら睫毛やらは染めているにしても、この透けた両足はいったいどういうことだろう。


(わたし)川辺(かわべ)みそぎ。一番後ろ、四号車の共有スペースにいますから、御用の際はなんなりと」


 現実離れした容姿の少女——川辺みそぎは、その美しい銀髪を揺らして一礼した。彼女は僕に背を向けて、部屋(へや)のドアを開ける。


「あなたが……」


 ぐ、と取っ手を強く握り込む。僅かに上擦った、震えの(にじ)む声だった。


「あなたが何もしなければ、私が皆を許すの」


 ドアが閉まり、続いて錠が落ちる音。後に残された僕は、ぐったりと壁にもたれて胸に詰まった息を吐いた。とりあえず携帯でも出そうと思ったが、あいにくそれも鞄の中だ。そして鞄はここには無い。


 床に吸われそうになる体をずるずると引き起こし、ベッドの側にある窓へと向かう。どの辺りを走っているのか、運が良ければ駅名の一つでも見られるんじゃないかと思った。ベッドに膝をつき、シェードの(くぼ)みに指を引っ掛けて押し上げる。


「あ……」


 見たくなかったもの。

 ずっと見ていたもの。

 はみ出した目玉、陥没した頬、ありえない方向に曲がった首、裂けた頭皮、自身の骨に貫かれた肌、(はじ)けた内臓、折れて飛んだ歯。


 ひどく損傷した身体が、大きな窓いっぱいに映っている。それを見下ろす子ども、内線を掛けようとして受話器を取り落とす大人。携帯のレンズを向ける、クラスメイトの誰か。震えながらメッセージを送信する、味方になりきれなかったその子の幼馴染(おさななじみ)。壊れたようにはしゃぐ人でなし、ひそひそと保身に走る(うわさ)好きの怪物。我関せずで単語帳の暗記を続ける優等生。駆け寄る人は、まだ来ていない。


 僕は知っていた。その人たちが、ぐちゃぐちゃになった身体を抱き寄せて、目玉を必死に押し戻して、ネクタイで止血しようとし、赤子に対してそうするように首を支えて——それで、警察や消防の人が来て。


 動けなくなった。鳩尾(みぞおち)のあたりに冷えた刃を差し込まれたような感覚。嫌な汗が吹き出して胸の間や背を伝う。手を当てずとも、自分の心臓がどくどくと脈打つのが分かる。汗にじっとり湿る手のひら、荒れた鼓動を感じる指先。


 勢いよく下ろしたシェードが窓枠にぶつかって、カンッ、と硬く無機質な音が部屋の中に響いた。ベッドのシーツを握りしめ、ゆっくりと息をして呼吸を整える。五秒使って吸い、五秒使って吐く。嘔気(おうき)が込み上げるが、この部屋には洗面台もトイレもない。ゆっくりと大きな呼吸を繰り返すうちに、少しずつ頭の鈍痛が遠のいていった。


 忘れられない。忘れてはいけない。それでも、こうして思考の外へと追いやって、一晩たてば忘れられたつもりになる。もう六年も前の話だ。


「ふーっ……」


 ベッドの上に寝っ転がって、もう一度深く息をついた。壁にはプラスチック製の白い時計(とけい)が掛かっていて、十一時二十分頃を指している。

 いっそ眠ってしまおうかと目を閉じたとき、誰かがドアをノックした。

「やるじゃん!」「あり」と思っていただけましたら、評価やフォローなどよろしくお願いいたします!!!!執筆活動&スキルアップの力になります(๑>◡<๑)

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