修行
弟子になる話を受けた翌日。
俺は、地獄を見ていた。
まだ日が昇っていない時間に起こされて、突然黒獣の森一周を言い渡され、拒否したら森の魔獣をけしかけて来るし、森一周を文字通り必死にやり遂げたらそのままの状態でフレイと戦闘になった。ああ、それと黒獣じゃなくてフレイと呼ぶことが義務付けられたな。
修行開始から五時間経過
「ひゅー……ひゅー……」
『この程度で根を上げるのか…人間とは脆いな』
「お、お前…基準で…人間を……見るな……!」
『ふむ、喋る気力があるか、ならばここからは遠慮は要らぬな』
「え、ちょ、まっ!!」
この日俺は、地に足が着いている時間より吹き飛んでいる時間の方が長かった気がする。
「いたっ」
「ごめんなさいサード、傷の手当てなんて久し振りで…」
「いや、ありがとう気にしないでくれ。助かったよラト」
ラトの気遣いで用意された晩飯を食べて、今は怪我の治療をしてもらっていた。フレイと人間では、そもそもの身体能力が違いすぎてどんなに手加減しても無視しきれない怪我が増える。
そして俺は、今回の修行中フレイが良いと言うまで変化魔法が禁止されている。なんでも、体を作らないと変化魔法が上手く使えたとて性能はガタ落ちするんだとか。よく分からないが、実力が圧倒的に上のフレイがそう言うのなら今は従った方が言い気がする。
ちなみに、俺の女体化をフレイに解いてくれと言ったのだが、結果は不可能だった。一通り落ち着いてからラトに事情を話して散々笑われた後だったから、結果を聞いた時は結構ショックだった。
『おいサーシャ、お前ラトとくっつきすぎではないか?』
「フレイ、そんなこと言ったって傷の手当てをしないとダメでしょ?」
『ううん、だがなラトよ年頃の異性がそんなに近くで触れ合っていては良くないぞ? 男は勘違いしやすい生き物だぞ?』
「勘違いって言っても、私はサードとそう言う仲になっても構わないのだけど」
ラトに治療されながら、黙ってフレイとの会話を聞いていると、ラトが突然変なことを言い出した。
「ら、ラト!? 意味わかって言ってるのか!?」
「ええ」
「ええって、いや、その、俺も……」
余りにも堂々としたラトの発言にしどろもどろにながらラトを見ると、凄く満足そうに微笑むラトがいた。からかわれた…。
『ハハハハハ、サーシャよ、一杯食わされたな』
「ラト!お前、からかったなー!」
「サードって昔と全然変わらないのね、ふふ」
そう言って微笑むラトを見て俺はドキッとしてしまった。確かに、会えなかった間に俺もラトも成長してラトは貴族の令嬢でも見ないような美人になっていた。クールな雰囲気でスラッとした手足に、程よくメリハリのついた体、腰元まで伸びた髪に空色の瞳、村にいたら十中八九結婚を申し込まれるな。そんなことを考えながら顔を上げるとラトと目が合った。
「……えっち…」
「えっ! ごめっ、そんなにジロジロ見るつもりはなくて、その、ラトが綺麗でつい見惚れてただけで……」
「……ふんっ」
俺の言葉を全て聞き終えてからラトは顔を背けてしまった。その後、寝るまで口を聞いてもらえなかった。フレイがずっと堪えて笑っていた。