黒獣の試練2
生暖かい空気を浴びて不快感で目が覚める。ぼんやりと、気を失う前の事を思い出す。
「黒獣が来て、その後は……思い出せねぇ」
そのタイミングで気を失ったのだろう。そう理解して、重傷であろう体に鞭を打って起き上がる。すると、俺の予想とは裏腹に力を込めた体は痛みを訴えない、不思議に思い気を失う前に見た傷を順繰りに見る。足、手、胴体、それぞれ瀕死、もしくは治っても二度と普通の生活に戻れない位の大怪我だった筈だ。それが、綺麗さっぱり無い。俺の体を無傷その物で、血と泥でグシャグシャになった服が無ければさっき迄の大怪我は夢だったんじゃないかと思う程だった。
怪我が治った事に対して一頻り混乱して落ち着き始めた頃、再び生暖かい空気が俺を包んだ。大体予想は付くが日に何度も会っていればもう恐怖も浮かばない。それに、ここまで俺を殺さないのも変な話しだ、傷が治ったのも多分こいつのお陰。そこまで考えると、俺は立ち上がって後ろに体を向ける。そこには予想通り黒獣が居た。
目の前に居る黒獣は最初に会った時の威圧感も殺気も無く穏やかに俺を見下ろしていた。何故生かされたのか皆目見当も付かないが、こちらを害そうと言う意思は無いと感じた。
両者見つめ合ったまま数分が経過した頃、ようやく黒獣が動いた。
『汝、獣法を操りし者、あれ程までに弱いのは何故だ ? 』
喋った ?
黒獣が喋るなんて聞いたこと無い。村の情報でもそうだし、王国の発表でもそんな話しは上がっていなかった。しかも、じゅうほう?何だそれは。情報が多すぎて目を白黒させていると、何を勘違いしたのか黒獣が動いた。
『血を流し過ぎたか、腹が減ったのだろう。食え』
目の前に魔獣の肉が放り投げられた。黒獣は人間が火を通さないと肉が食えないと知っているようで、雑ではあるが焼いてある。所々生の部分や黒焦げの部分があるのだが、俺は余程腹が減っていたのだろう気付いたら貪り食っていた。今日食べたこの肉がこれまで食べたどの食事よりも美味しいと思えた。
『腹は満たされたか ? では、質問に答えて貰おう。獣法を操りし者、何故あれ程までに弱い』
食べ終わるのを律儀に待っていた黒獣はもう一度質問してきた。どう答えたものか分からない。黒獣は嘲笑やふざけて聞いている訳ではないようで、心底不思議だと言う顔をしている。食い物も貰ってしまったのだし、会話が成立するのなら上手く行けば俺はここを出られるかもしれない。
「これまで、戦った経験が無いからだよ」
勢いでタメ口で話してしまったが、黒獣は気にした様子もなく何かを考えるように唸り始めた。そして、暫く経った頃に黒獣がゆっくりと近付いてきて言った。
『汝、我の弟子になれ』