黒獣の試練
酷い耳鳴りと頭痛で目が覚める。開いた目はぼやけてハッキリとしない。目を擦ろうと手を顔の前に持ってきて気付いた。
自分の腕が在らぬ方向に向いてしまっている事に。不思議と痛みは感じない、指は悉く折れて変な方向に曲がってしまっているのに。自分の腕等の怪我を見て満身創痍の状況を理解して周囲に視線を向けた。
意識が飛んでいる間、周りに獣や魔獣が寄ってきていないとも限らない。ぼやけた目で何とか周りを確認する。
その時、視線を足下に向けて驚愕する。俺が落ちていた場所一帯が赤く染まっていた。夥しい量の血と落ちてくる間に散乱した持ち物があった。その事実を見て俺は気付く、さっきから続く頭痛と目のボヤケは血を流し過ぎたせいなのだと。
この状況下での生存は厳しいと、分かっていながら生きることを諦めきれない。一歩でも森の外に向かおうと立ち上がる。そのまま、倒れた。下半身が言うことを聞かない、さっきの状態確認で腕と手の衝撃が強すぎて他を確認し忘れていた。覚束ない目で胴体と足を改めて確認する。
胴には黒獣の爪の跡がしっかりと深く刻まれている。服は襤褸切れになってしまっていた。しかし足は、胴が気にならないくらい酷い、左足は足首が反対を向き、右足は綺麗に無くなっていた。
その状態の体を見ても俺は成る程と思うだけで解決手段は思い付かない。黒獣に対抗した変化魔法を使おうとしても俺の魔力が尽きているのかうんともすんとも言わない。回復魔法は使えないし、まず授魔の儀式で授かることも珍しいものだ。神国の聖女が使えるとか聞いたっけ。
血が流れすぎて考えも纏まらなくなってきたなと思っていた時、近くの草がザワザワと揺れた。そこから出てきたのは漆黒の毛と研ぎ澄まされた爪、王者たる風格を漂わせた黒獣だった。
わざわざ追ってきたのかと思った。同時に詰みだと実感した。万全の状態なら逃げれたかもしれない。たが今は、右足は無いし魔力は底を尽きた、頭も上手く動かない。死が近い、生まれて初めて体験する感覚で人生最期の感覚だ。
戦い方を知らない割には上手くやったと思う。よく見れば黒獣の爪は少し欠けていた、ラトに持っていく土産話が増えたと思えば十分だろう。未練はある、後悔もある、死にたいと言えば嘘になる。だけど、サード・ライフォードはここまでだ。最期は女の姿なのが少し嫌だが贅沢は言えない。圧倒的な力量差と明確な死を前にすると、案外スッキリと諦められるようだ。
黒獣が近づき爪を振るう。目を開けてしっかりとその爪を見た。心だけは負けたくないとそう思い見た。しかし、体は当の昔に限界を迎えていた。意識が遠退く中、暖かい光に包まれた。