黒獣の森2
黒獣の爪が迫る瞬間俺は魔法を使った。
「変化魔法 !! 」
発動した感覚が身体を巡る。
たが、何も起こらないまま爪が身体を切り裂いた。
「ぐっ、いっった……くない ?」
黒獣の爪はしっかりと俺を捉えていた筈だ。ならば、俺の身体は今頃真っ二つなっているかミンチになっていなければおかしい。しかし、俺の身体は五体満足で未だ立っている。
黒獣が手加減した ? いや、あり得ないさっきの爪は確かに殺意が乗っていた。戦闘などしたことの無い俺でも感じられる位の明確な殺意だった。だとすれば、可能性は一つだ。姿形は変わっていないが変化魔法が発動した。これしか無いだろう。
結局ピンチには変わり無い訳で、俺が一撃躱したせいで黒獣はやる気満々だ。どうする、頭は冷静になっているが変化魔法がそう何度も上手く発動するとは思えない。さっきのだって偶然が幾つも重なって発動した様なものだろう。良い考えが浮かばず、一度冷静になった俺の頭は再び焦り始める。
せめて、一度勝ち取ったチャンスを物にしてこの場から生き延びたい。焦る頭で考えた精一杯がこの思いだけだった。再び迫り始める黒獣の爪、必死に回避を試みる。たが、動き出しの差で黒獣の爪が一足早く届く。二発目はしっかりと腕を捉えていた。
ドンッと言う衝撃と共に体が下に引かれる。俺の体を押し潰そうとのし掛かる爪に、腕が悲鳴を上げる。ミシミシと嫌な音を発てて腕を爪が貫通する。余りの痛みに視界が白に染まる。声も上げられない。たが、痛みのせいで嫌な位はっきりとした冷静な頭で今起こった事を整理した。
俺の身体はそんなに頑丈だったか ?
そもそも、黒獣の動く速さと同等の速さで回避に移れていたのは何故だ。疑問に疑問が重なる中、更に疑問が重なった。爪によって傷付けられた腕がみるみる内にまるで、時を戻すかの様に治った。
ここで、俺の疑問は確信に変わる。俺が今変化した相手はこの黒獣だ。ならば戦える、この力があればこの窮地を抜け出せる。確信に変わった考えを元に、ここから抜け出すための算段を立てる。何とかもう一度、黒獣の爪を受け流しその隙に同等の腕力を持ったこの腕で重い一撃を決めれれば形勢逆転とは行かない迄も、相手から見て驚異になる。黒獣は賢い、ならば心理戦もできる筈だ。そこまで考えて俺は行動に移った。先ずは黒獣に爪を振らせる。前に出てストレートで拳を出す。黒獣が避け、後ろにあった木に余波が当たり砕けた。
そりゃあ騎士団を壊滅させるのもわけないなと感心してしまう。
いける、確信が更に固い物へと変わった。その時、俺は油断した。黒獣はまだ、本気ではなかった。一度大きく吠えると、最早瞬間移動と呼ぶべき程の速さで俺へ迫りその勢いを殺さず身を任せる形で前足を振るった。
なす術もなく俺は、意識を刈り取られ大きく飛ばされた体は崖下に落ちていった。