黒獣の森
森の中腹から更に数時間。
俺はまだ森の中腹にいた。
何故、こんなことになっているのか俺にも分からない。順調に森を抜けて街道に出る予定だったのだが、今は森から出られなくなっている。
最初は俺が道を間違えただけだと思った。だから、俺は木の幹に傷を付けて印にした。こうすれば目印を頼りにこれ以上道に迷わないとおもったからだ。しかし、そこからどの方向に行ってもどれだけ遠くを目指して歩いても何故か、目印に戻って来てしまっている。疲れはてて木を背にしてもたれ掛かっているとふと、気付いた。
太陽の位置が森に入った時から変わっていない事に。
俺が森に入った時、太陽は低い位置にあった。朝早くから出て早々に森に入ったのだから当然なのだが、俺はそこから数時間歩いている。さらに言えば道に迷ってからからも、数時間歩き回っている。それで、まだ太陽の位置が同じなのはあり得ない。本来なら今頃、夜営の準備を始めないと日の入りに間に合わない位の時間の筈だ。
おかしい。底知れない恐怖で息が早くなる。冷や汗が止まらない。焦りだけが募っていく。
その時、周囲の空気が重くなった。
その場に立っているのもやっとな圧に俺は、本能で何が来たかを悟った。恐る恐る後ろを振り向く。当たって欲しくない自分の勘がハズレる事を祈りながら見た。見てしまった。本来ならこの森のもっと奥、普段は村人すらも近寄らない強大な魔獣の巣窟になっている場所に居る筈の者が、俺を覗き込むように見ていた。
見た目は聞いた通りの黒一色の毛並みに並の魔獣なら体当たりだけで弾けとぶ大きさの身体、ズラっと並んだ牙は一本一本が業物に匹敵する切れ味を彷彿とさせる。分かってしまう、勝てないと。俺では勝てない、人では到底太刀打ち出来ない相手だと。
身体が警鐘を鳴らす。逃げろ、逃げろと。だが、足が動かない。逃げられる未来が無い。逃亡を図れば俺など文字通り瞬殺だろう。
俺の頭の中は後悔で一杯だった。朝早くに家を出なければよかった、ラトの両親に相談して身体を元に戻す目処が建ってからでよかった。そもそも、旅になんて出なければ良かった。
そこまで考えて俺はラトの顔が思い浮かんだ。
「ごめん、ラト俺もそっち行くよ」
何故か、さっき迄の恐怖はないラトの顔を思い出したお陰なのだろう。だが、今死んだら親友に顔向け出来ない。だから、一矢報いることにした。しかし、俺は気付いていなかった。
黒獣の爪が俺の頭上に迫っている事に。