津灘晃帆は結婚したい
津灘晃帆は自分のことを「そう悪くない物件」だと思っている。身長は160センチ、地元ではそこそこ評価される国立大学をそこそこの成績で卒業し、地元では最強とされる役場に就職した。体系も標準よりやや太めであることは否めないが、そこまで病的な肥満というわけではないし、大学時代を除いて実家から出たことはないが、家事だって人並みにはできると自負している。顔だって決して美人ではないが、見れないほどの不細工というわけでもないはずだ。そう、人目をひくほどの何かを持っているわけではないが、総合力として、婚活市場ではそう悪くないスペックなのだ。自分では大学受験の偏差値でいえば自分の卒業した大学くらいの偏差値はあるのではないかと思っている。
しかし、事実として津灘晃帆は齢三十一歳にして、彼氏いない歴=年齢を更新し続ける独身女性だった。それも、妙齢の女性によくある「イイ感じの人」とか「結婚より優先してきた趣味や夢」とかがあったわけでもない。ただただ、ぬくぬくと実家暮らしを8年も続けていたらこうなっていた。
もちろん、この現代において女がクリスマスケーキだとか、三十路を過ぎれば負け犬だとか、そんな昔の考え方を引きずるわけではない。しかし、津灘晃帆の地元(地銀と公務員くらいしかまともな就職先が思い浮かばないくらいの地方都市)では、三十を過ぎていつまでも独身でいることは拷問に近い苦痛を将来味わうことになる、ということは明白だった。
そもそも彼女は結婚願望が元々すごくあった、というわけではない。むしろ役場に就職仕立ての若いころは、亭主関白な両親を見てきたこともあり、また公務員になれた安心感もあったので、独立した女になるぞ、なんてキャリアウーマンぽいことも考えていた。
しかし仕事を続ける中で、津灘晃帆は悟っていた。結婚、出産しないということは役所の中でいつまでも「都合のいい人材」として扱われるということだ。 しかも、自分は自分が思っていたより全然仕事のできないタイプだった。上司には何度も注意され、作成した資料はミスが絶えず、電話応対すれば住民の不興を買うこともしばしばであった。
月曜日の朝、寝床から出るたびに津灘晃帆は結婚して早く楽になりたい、と思うようになった。
結婚したら、引越しが必要なくらい遠い場所に異動することはなくなる。
結婚したら、家庭がある女性として世間から認めてもらえる。
結婚したら、毎日定時で帰っても仕方ないと思ってもらえる。
結婚したら、多少仕事ができなくても生きてていいと思えるはず。
そんな考えが日増しに強くなっていった。
いくら田舎の役場とはいえ津灘晃帆の職場には、産休育休の制度はバッチリ整っている。世間やマスコミでは産休育休の制度を利用する側の苦労はよく取り上げるが、現実に普通なら考えつかないほどの長期休暇を取得する社員がいるのに、その業務をカバーする人間がいて、その人間には何も手当はない。誰も表立ってそのことを批判できないが、密かに津灘晃帆は自分が産休も育休も取得できずに四十代になってしまえば、今までの損失をペイできないと焦っていた。
そこで思いついたのが、婚活だった。津灘晃帆は自分のことを「そう悪くない物件」だと思っていた。しかも、今まで恋愛経験がゼロなので、自分にどんな相手があっているかもどんな相手に好かれるかもまったくわからないから、見合いの一つや二つすれば簡単に既婚者になり、その一年後くらいには母親になれると思っていた。しかし現実はそうあまくなかった。
最初は無料のマッチングアプリに登録してみた。狭い地元の中で、身内や職場の人間がアプリの中にいるかもしれないと思い、写真は載せなかった。31歳という年齢もあり、なかなか男性からの「いいね!」はつかない。マッチングした相手もいたが、写真を送ると必ず返事が来なくなった。
自分の中では選りすぐりのキレイに映っている(と自分では信じている)写真を送ったが、男性からフェードアウトされることが続いた。
写真を送ったらすぐにブロックしてくれる人はまだわかりやすかった。むしろ、送ったあとに「ありがとうございます!素敵な笑顔ですね!」とか返信を1通だけよこして、その後の反応が一切ないほうがつらかった。
写真を送った相手が通算100人になった時点で、フェードアウト率が100%になったので、マッチングアプリはやめた。
マッチングアプリは外見と若さがないと勝負できないと思い、今度は知り合いに紹介を頼むことにした。
一人目は職場の上司からの紹介だった。相手は5歳年上で3㎝津灘晃帆よりも身長の低い男性だった。上司が気を聞かせてオシャレなフランス料理を予約してくれていたが、好きでも何でもない、というか当日に初めて会った相手とフランス料理を食べても全く楽しくないということが分かった。
二人目は友達からの紹介だった。これも年上の真面目そうな人が相手だったが全く楽しくなかった。会話が続かない。
そのうち、津灘晃帆はやはり結婚できない原因は自分にあるのではないかと薄々思い始めた。
しかし、「そう悪くない物件」の自分が結婚できないのはなぜだろう、本気で彼女はわからなかった。