9話
ルドルがトイレから戻ると、ちょうど父とオルドは話を終えた所のようだった。2人はオルドに別れを告げると、組合の建物を後にした。
「用は済んだが、せっかく来たんだし出店でも見ていくか」
「うん!」
父の提案で、2人はのんびり出店を見て回ることになった。
組合の建物を中心に放射状に伸びる道。その全てに、所狭しと出店が並んでいる。ただでさえ人で混んでいるうえに、どの店も少しでも多くの商品を並べようと店先広げているため、どの道も歩きにくくて仕方ない。2人ははぐれないように、手を繋いで歩いた。
「お腹空いただろう。何か食べよう」
市場に到着したのがお昼前で、それから組合の本部にしばらく滞在したため、時刻はちょうどお昼過ぎ。2人は昼食を取ることにした。
市場には道端に並ぶ出店の他にも、お店の建物も沢山ある。出店にも食べ物を売っている所はあるが、2人はゆっくり食事をしようと、レンガ造りのお洒落なレストランに入った。
程なくして、テーブル席に座る2人の元へ、注文した料理が届いた。
美味しそうに料理を頬張るルドルに微笑みながら父が声を掛ける。
「ゆっくり食べていいからな」
やがて食事を終えた2人の元へ給仕がコーヒーとプリンを持ってきた。前者は父の飲み物、後者はルドルのデザートだ。
笑顔でプリンを食べるルドルをジッと眺めながら、父は徐に切り出した。
「この後なんだが……。ルドルは自分用の武器、欲しいか?」
父のポツリとした問いかけに、ルドルは驚いて危うくスプーンを落としかけた。
「欲しい! でも良いの? お母さんは僕が戦う練習をするのはまだ危ないって」
父はこれまで何度か市場にルドルを連れて来てくれたし、狩りにも同行させてくれた。けれどルドル用の武器を買おうなどと言うのはこれが初めてだ。それは、母がルドルに武器を与えるのを嫌がっていたからだった。
「それはそうなんだが……。ルドルには俺のせいで危ない目に合わせてしまったからな。その罪滅ぼしくらいさせてくれ」
勿論、母さんには俺から上手く言っておく、という父に、ルドルは元気よくうん!と答え、大急ぎで残りのプリンを平らげた。
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いくつかの武具屋を巡った2人は、そのうちの1店で気になる品を発見した。
「これなんかルドルにちょうど良さそうだがな」
そう言って父が手に取ったのは、1本の短剣だった。
「けど、これ2本セットなのか」
基本的に武具屋には大人用の武具しかない。子どものルドルでも扱えそうなその短剣は、長剣とセットで販売されているものだった。しかし、長剣の方はどう考えてもルドルでは持て余してしまう大きさだ。
「僕、これがいいよ」
「でも長剣の方はどうするんだ?」
「大きい方はお父さんのにして、お揃いにしたい!」
ルドルの無邪気な提案に、父は一瞬ポカンとした顔を見せた後、嬉しそうに笑った。
「そうか! じゃあこれにするか!」
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昼間は元気に輝いていた太陽が茜色に染まり、1日の終わりを告げる中、ルドルと父は、村への帰り道を歩いていた。
「はしゃいで怪我するなよ」
「うん!」
そう窘める父の少し前で、ルドルは嬉しそうに買ってもらったばかりの短剣を抜いて眺めながら歩いていた。その腰にはこれまた新品のベルトにくっついた革製の鞘が付けられていて、夕焼けの光を鈍く反射させていた。
「なぁ、ルドル」
「何、お父さん?」
ニコニコと剣を眺めていたルドルは、慎重に鞘へと短剣を戻すと父の方へと振り返った。そして、父がいつになく真剣な顔をしていることに気がついた。
「少し寄り道していこうか」
「寄り道って……もうじき暗くなるよ?」
「すぐに済む。それに、とても大切な用事なんだ」
「……分かった」
何とも言えない父の迫力に、ルドルはそう頷くしかなかったのだった。