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7話

 目覚めてからルドルは数日をベッドの上で過ごした。診察した医者は特に問題は見つからないと言ったし、ルドル自身も早く元の生活に戻りたがったが、母がそれを許さなかったからだ。父から聞いてはいたが、母は意識の戻らないルドルのことを三日三晩相当心配していたらしい。


 退屈な療養生活の中で唯一新鮮だった出来事といえば、それは小さな来客だった。


 「助けてくれてありがとう!」


 ベッドの上で身を起こすルドルに、身を乗り出すようにしてグイッと顔を近づけながら、無邪気にニコッと笑う青い髪の少女。それはルドルが黒狼から救ったリーアだった。


 「目が覚めてくれて本当に良かった……。ルドル君はうちの娘の命の恩人ですから。本当にありがとうございました」


 ルドルに抱き着かんとするばかりのリーアを優しく窘めながら、リーアの母は目に涙を浮かべ、ルドルとその両親に何度もお礼を言っていた。


 「またね、勇者様!」


 身体に障るといけないので、と長居はせずに帰って行ったリーアとその母。そのリーアが別れ際に言った言葉は、療養中のルドルの胸の内に残り続けていた。


 今回リーアを救ったのは、ルドルが放った魔法だ。そして、かつてそんな魔法を操りながら、3人の仲間達と共に人類、そしてルドルの先祖である魔族の両方を救った人物がいる。勇者だ。


 勿論、幼いリーアはその共通点に思い至ってルドルを勇者と呼んだわけではない。かつて敗軍となりながらその命を救われた魔族は、勇者への信仰が厚い。そのため、献身的な振る舞いや英雄的な行動をした人物のことを『勇者』と呼んで賛美する。そんな風習が長く続いていた。リーアの言葉も、そんな風習に影響されたものであって、勿論最大級のそれではあるものの、ただの賛辞に過ぎない。


 しかしルドルにはどうもその言葉が引っかかって仕方なかった。教わった覚えのない魔法。それも父も知らない未知の魔法だ。そんなものを自分が突然放つことが出来たのは、一体どういうわけなのだろう。


 療養生活の最中、ルドルはぼんやりとそんなことを考え続けていた。時には、また魔法を発動出来ないものかと、右手に力を込めてあれこれ試行錯誤してみたりもした。


 けれど、結局再び魔法が発動することはなかったのだった。




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 ルドルが目を覚ましてから、2週間後のある晩のこと。すっかり日常生活に戻ったルドルと、父母は、仲良く自宅で夕食を囲んでいた。


 「そういえば、明日市場に行くことになったが、ルドルも行くか?」

 「行く!」


 退屈な療養生活を終えた後も、基本的に家の中で過ごすことが多かったルドルは目を輝かせて即答した。


 「そうか。じゃあ明日は日の出前に出発するから、今日は早く寝るんだぞ」

 「分かった!」

 「……今度はしっかりルドルを見ていてくださいね」

 「……分かってるって」


 未だに狩りでの失態が尾を引いているのか、恨みがましく父の方を見る母と、気まずそうにする父。そんな二人をよそに、ルドルは早めに床につくため、急いで夕食を片付けにかかるのだった。




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 翌日。ルドルと父は、村の外を歩いていた。


 物を売り買いするお店なら、村の中にも勿論ある。しかし、2人が目指す()()はそうではなかった。


 朝早くに村を出て、林の中の整備された道を、何度か休憩を挟みながら昼前まで歩き。ようやく見えてきたそれが、2人が目指す場所だ。


 「到着だ。はぐれるなよ?」


 立派な石造りの壁に囲まれたそれは、ルドル達が暮らす村の倍以上の広さがある。ここは周辺の魔族の村々の交易と物流の拠点として設けられた集落、通称『市場』だ。


 見知った衛兵に会釈する父と共に門を抜けるルドル。次の瞬間、大勢の魔族達と、道に沿って所狭しと並ぶ沢山の出店が2人を迎えた。


 ざわめきと活気のあるやり取りの声が、ルドルの耳に一気に押し寄せて来る。父の背を追いながら、キョロキョロと出店の商品を眺めるルドル。数々の店先は武器や防具、日用品やアクセサリーの他、一体何に使う物なのか分からないようなものまで、実に様々な物達で溢れていた。


 本当は足を止めてじっくりそれらを眺めたいルドルだったが、残念ながら父の歩みは止まることはない。仕方なく、はぐれないよう付いていくルドル。


 人混みの中をしばらく歩いて2人が辿り着いたのは市場の中心に立つ立派な建物だった。この市場を統括する組合の本部だ。


 「そこに座って待っていてくれ」


 中に入ると、父は少し離れた所に設置されたスペースを指さした。そこはいくつかのベンチが並んでいる待合所だ。


 以前も経験したことのあるルドルは、大人しく父の指示に従い、ベンチの1つに腰かけた。


 組合は市場の管理だけを行う場所ではなく、周辺地域の情報交換の拠点にもなっている。ルドルの父は、周辺の村からの依頼で獣の討伐を行うこともあり、その受諾と報告のために、ここをよく訪れていた。


 「すぐ戻るからな」


 本日2人がここを訪れたのも、先だってルドルの父がこなした依頼の報告のためだった。ルドルを残して窓口に向かう父をぼんやりと眺めるルドル。職員と話す父が依頼の報告を終えて報酬の市場通貨を受け取るまで、しばらくかかるだろう。


 「そこの君。冷たくて甘い飲み物でもいかがかな?」


 突然呼びかけられたルドルは驚いて声のする方を見る。声の主は1人の老いた魔族で、ルドルの脇にニコニコと柔和な笑みを浮かべながら立っている。その両手には、冷たい飲み物の入った紙コップが2つ、握られていた。

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