43話
「……まさか目の前に壁があるなんて」
片手でおでこをさすりながら、ルドルはもう片方の手を恐る恐る目の前の空間に伸ばす。何も無いように見えるそこには、ルドルがぶつかった透明な壁が、確かに存在した。
ルドルは、立ち上がりながら壁に手を添わせ、上下左右と手を伸ばしてその大きさを確認する。簡単に確かめただけでもそれに欠けた所は見つからず、まさに壁と言うのにふさわしい大きさでもって、ルドル達の前に立ちふさがっていた。
「一体なんなんだ……」
ルドルが壁の前で考え込んでいると、ウンディーネがルドルの方を見ながら壁を片手でパンパンと叩き出した。
「いや、そこに壁があることは分かってるんだけど……」
困惑するルドルに対して、ウンディーネは再びルドルの方を見ながら壁を片手で、パンパンパンパンパンパンと今度は繰り返し何度も叩いた。
「何が言いたいんだ? それじゃ分かんないって!」
すっかり困り顔のルドルに、ウンディーネは首を傾げて考え込むような仕草を見せた。そして、何かを閃いたかのような顔をして、壁に手を当てた。
「?」
ルドルが見つめる中、ウンディーネはそのまま壁に押し当てた手に少し魔力を込め、ルドルの方を見る。それからまたパンパンと壁を叩き、もう一度その手に僅かな魔力を込めた。
「もしかして……そこに神聖力を込めろってことか!」
ルドルの飲み込みが悪いからか、ウンディーネは少し不機嫌そうにほほを膨らませながら、コクリと頷いた。
ウンディーネが下がり、今度はルドルが壁に手を当てる。そして、その手に神聖力を込め始めた。
ルドルにはそのやり方は理解出来ていたが、以前力は不完全なままだ。その手に込められる力も、決して多くはなかった。
しかし、目の前の壁にとっては、それで十分なようだった。
ルドルの目には、特段目の前の透明な壁に変化は感じられない。しかし、ルドルが力を込める間、壁をジッと見つめていたウンディーネは、スタスタと壁の方に向かって歩き出した。
「! おい、そこには壁が--」
慌てるルドルの目の前で、なお歩みを止めないウンディーネは、透明な壁のある場所まで辿り着くと、その中に吸い込まれていった。
「!」
呆然とするルドル。周囲がひたすら真っ白な空間には、ルドルだけが取り残される。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
ルドルは慌てて、ウンディーネが消えた壁の辺りに駆け寄る。そうして恐々とそれに触れた。すると今度は、透明な壁に阻まれることはなく、その先へと進める感触を得た。
ルドルが透明な壁の中に入り何歩か歩くと、真っ白だった周囲の視界は、まるで霧が晴れていくかのように徐々に色合いを取り戻していった。
気がつくと、ルドルの周りには見覚えのある風景が戻って来ていた。すっかり日の暮れた漆黒の夜空に。奥には鬱蒼と茂る木々。マーラから逃げて獣道をひた走った、あの森の中だ。
戻ってこれた。そう感じて安心したルドルだったが、辺りを見渡すと広範囲に地面が抉れており、自分はその中心に立っていることに気がつく。
「こ、これって……」
もしここが、ルドル達が飛び込んだ大岩のあった位置なのだとしたら。この惨状は、ルドル達に向けて放たれた、マーラのめちゃくちゃな攻撃が引き起こしたものではないのか。
もしルドル達が大岩の中に入れていなかったら。それを想像して、ルドルは背筋が凍る思いがした。
戦慄するルドルの隣で、先に真っ白な空間を出ていたウンディーネは、ルドルの服を引っ張り、ある方向を指さす。
その方向の木々の向こうに、ルドルがオルドの魔力を感じた、その直後。ドーンという音と共に、視線の先の木立の奥の方で、もうもうと砂煙が上がるのが見えた。
「行こう!」
ルドルとウンディーネは急いでその轟音の元へと走った。
獣道を掻き分けながら、ルドルはオルドの魔力が、ルドル達が勇者の祠に入る前より極端に減っていることを感じとった。
足を動かすにつれて、ルドル達の耳に届く交戦音は次第に大きくなっていった。そして、遂にマーラの叫ぶ声が聞こえてきた。
「これで終わりだあああああああ!!!!!!」
木立を抜けたルドルは、一目散に飛び出し、マーラの黒い長剣を、勇者の剣で受け止めた。