38話
ルドルはリーアを抱え走り出した。
しばらく走った所で、遠く後方でマーラの叫び声が聞こえた。チクチクと肌を刺すような殺気が、こちらに向けられてるのをルドルは感じた。
「(まずい……マーラが向かってきてる)」
続けて再び、後方で叫び声が聞こえた。その声も殺気も、次第に大きくなってくる。
「逃すかああああ! クソ魔王!!」
「(このままだとまずい……! リーアを抱えたままでは、いずれ追い付かれる!)」
ルドルは必死に走るが、後方から聞こえてくるマーラの叫び声は止まない。
「魔王は絶対にぶっ殺す! お前が生きてんのが悪いんだ!! さっさと死ね!!!」
「(ダメだ追い付かれる……!)」
焦るルドル。その時、道から外れた森の中から、唐突にそれは聞こえてきた。
「こっちにくるんだ」
「(! 今声が!?)」
突然の、しかしハッキリと聞こえた自分への呼びかけにルドルは戸惑った。しかし、迷っている暇はない。ルドルは深く考える暇もなく、声のした方向へと道を外れ、獣道に入っていった。
そのまま獣道を走って行くルドル。その時、後方の木々がなぎ倒される大きな音が轟いた。
「森の中に逃げたって無駄だ!」
「(! あぶねっ!)」
ルドルが道を逸れたことに、マーラも気がついたらしい。斬撃と、それによって切り飛ばされた樹木を避けながら、ルドルはひたすら走り続ける。
走りながら、ルドルはマーラの斬撃が自分にピッタリと付いてくるように、正確にこちらへ飛んできているのを感じた。生い茂る木々で、こちらの姿はマーラに見られてはいないはずなのに、だ。
「(マーラは目を閉じていても、オルドが来た時にすぐ気づいていた。もしかして今も魔力探知か何かで俺達の場所がバレてんのか!?)」
マーラに追われながらルドルが必死に走り続けていると、やがて木々の中に見覚えのある大きな岩が目に入った。
「(あれは……!)」
それはルドルが幼い時に父と来た、勇者の祠の入り口だった。
「(この中なら! でもどうやって入ればいいんだ!? 確か父さんが何かを念じると中に入れるようになった気がするが……!)」
必死に記憶を辿りながら、ルドルは足を止めずに大岩に近づいていく。
「逃げても無駄だ!! クソ雑魚魔王があああ!!!」
気がつけば、マーラはルドル達のすぐ傍まで迫っていた。マーラはルドル達の方へ飛び掛かりざま、頭上に両手を挙げた。次の瞬間、その上で浮かぶマーラの短剣に、膨大な魔力が込められた。魔力の塊を纏った短剣は、今や大木と見紛うほどの巨大な剣に変わっている。
「これなら絶対に外さねえ! 死ねえええ!!」
叫ぶマーラが腕を振るうと、浮かんでいた巨大な剣は真っすぐルドル達に向かって飛ぶ。
「(くっそ! あんなの無茶苦茶だ! 助けてくれ勇者様!!)」
もはや一刻の猶予もない。ルドルは、目の前の大岩に向かって飛び込んだ。
マーラの放った大剣は、辺りのもの全てを吹き飛ばさんとするほどの勢いで、ルドルのすぐ後方まで迫っていた。
凄まじい衝撃と共に、ルドル達の周囲の木々は木端微塵になり、巨大な砂煙が舞った。