37話
「ああ、そうじゃ。人間の国の一つである勇者の国では、一定以上の実力を有すると認められた者には勇者の称号が与えられる。あの娘はそんな勇者の1人じゃ。」
魔法の壁で斬撃からルドル達を守りながら、オルドはそう語った。
「人間の国にはあんな強いのがたくさんいるっていうのか……」
オルドの言葉に、自分の弱さを痛感するルドル。
「ワシがマーラと出会ったのは、あの娘が勇者になる前のことじゃ。あの娘は戦争孤児での。マーラは戦争被害にあったとある小さな村の生き残りでの。縁あって、ワシが暫く保護しておったんじゃ」
「戦争孤児……。人間同士で争いをしているなんて……」
「知らなかったのも無理はない。魔王討伐以降、ワシら魔族は人間達と距離を置いてきたからの。人間達の世の情勢を詳しく知る魔族なぞ、ごく一部じゃて」
ルドルがオルドによって襲撃者の意外な正体と、人間達の国の現状を知った時、斬撃を飛ばし続けていたマーラがようやくその手を止めた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ワシがマーラを保護しておったのは、まだあの娘が幼かった頃のこと。その後、あの娘が勇者の国で勇者となったことは、人づてに聞いておったが……。マーラよ! ワシじゃ、オルドじゃ! お主はこのようなことをする子じゃないはずじゃ! ここにおるルドルは魔王などではない! お主がそう思い込むのは、何かの間違いじゃ!」
オルドは、左手で頭を抱え短剣を持った右手はだらりと下げたまま荒い呼吸をするマーラに、そう呼びかけた。
「うるさい……うるさい……うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」
ルドルは、オルドの言葉に、マーラから放たれていた殺気が僅かに揺らいだのを感じた。しかし、僅かに収まりかけたように思えた殺気は、堪えきれないように再びあふれ出す。それはまるで、マーラの身体にまとわりついた負のオーラが、殺気を収めるのを嫌っているように見えた。
「お前のせいで! お前のせいで!! お前のせいで!!!」
叫ぶマーラは、瞬時に2人の方に飛び掛かると、オルドの前に立っていたルドルには目もくれず、短剣を振りかざしてオルドに襲い掛かった。
オルドもそれに素早く反応し、身体の前に光の壁を展開してマーラの剣を受け止める。
「マーラ! 一体どうしてしまったんじゃ! ワシのことを覚えておるのじゃろ!? こんなことはやめるんじゃ!!」
「死ね死ね死ね!!」
すぐ後方に居るルドルのことなど眼中にない様子で、マーラは狂ったように何度も光の壁に剣を叩き込む。
「どうしてこんなことをするんじゃ! 昔のお主は、誰よりも心優しい子じゃったはずじゃ!」
「お前が私を見捨てたせいで!」
「見捨ててなぞおらん! 幼き頃のお主は、人間達に攫われたんじゃ!」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!」
マーラは光の壁に何度も剣を叩きこみながら、もう片方の手に魔力を集めた。するとそこには、マーラが持つ短剣を同じ形をした真っ黒な剣が現れた。そうしてマーラは、2本の剣を両手に握りしめ、無茶苦茶に光の壁に剣を叩き込み始めた。
「くっ……」
対するオルドも光の壁に注ぐ魔力量を増やしてその強度を増し、それに対抗する。そうしながら、オルドはルドルに向かって叫んだ。
「ここはワシが何とかする! 今のうちにリーアを担いで聖女の国へ向かうんじゃ! その呪いを解けるのは、聖女の国におる聖女のみじゃ!」
「! でも、爺さん1人じゃ……」
「今はウンディーネが呪いの進行を止めてくれておるが、それにも限界がある! 今がリーアを救う好機じゃ! ワシも後から必ず向かう! じゃからここは任せるんじゃ!!」
ルドルにとっては屈辱的ではあったものの、オルドの言うことは理にかなっていた。マーラとルドルでは、あまりに力の差があり過ぎる。このままルドルが加勢しても、それは2対1の優位を築くのではなく、逆にオルドの足を引っ張ることにすらなりかねなかった。そうであれば、マーラがルドルから気を逸らしている今こそ、リーアを救いだす絶好の機会だ。
「……。分かった……! 必ず後でな!!」
ルドルは噛みしめるように言葉を捻り出してオルドにそう声をかけると、急いでリーアの元に駆け寄り、その身体を背負った。そして、何かに取り憑かれたかのように光の壁に斬撃を叩きこみ続けるマーラに背を向け、走り出した。