36話
避けられない。そう悟ったルドルは、せめて致命傷を避けるために、精いっぱい体勢をずらそうと試みる。
「(何年も修行してきたのに……結局俺は父さんの足元にも及ばないのか……)」
迫りくるマーラの一撃をぼんやりと眺めながら、ルドルは幼い頃に自分達をマーラの襲撃から守ってみせた父の背中の大きさを、改めて思い出していた。
そうして、ルドルは間もなくやって来るはずの痛みに身構えた。しかし、次の瞬間、そんなルドルの備えは無用に終わった。
「!」
突如、ルドルの目の前に眩い光の壁が現れ、マーラの攻撃を弾き返したのだ。
「!? チッ!」
さらに、続けてマーラの足元から氷の棘が飛び出し、襲い掛かる。驚異的な反応速度でこれを躱したマーラは、後方に退いてルドルから距離を取った。
「ルドル! 無事か!?」
呆然とするルドルの耳に届いたのは、耳慣れていて、それでいてとても頼もしい、そんな声だった。
「オルドさん!」
ルドルを間一髪で救ったのは、オルドだった。地面の上を滑るように低空飛行しながら、高速でこちらに近づいて来ている。
やがてオルドは、ルドルの傍らに着地して言った。
「市場の外で青い光の柱が見えたと思ったら、強烈な殺気を感じての。これは2人に何かあったに違いないと、急いで駆けつけたのじゃが……なんとか間に合ったようじゃの」
「助かったよ、ありがとう」
「一体何があった? あやつは何者じゃ?」
「昔俺とリーアを襲ってきたやつと同じやつらしい。村への帰り道で突然黒い槍を投げられて、それがリーアに……」
ルドルとオルドは、道端でぐったりとして動かないリーアの方に視線をやる。魔法の扱いに長けたオルドは、じっとリーアを見つめ、その魔力を感じとっているようだ。
「黒い槍、か。恐らくあれは呪いの類じゃ。だが安心せい。リーアはまだ無事じゃ。あの娘を中心に、まだあの子の強い魔力を感じる」
「呪い!? そういえば刺される瞬間にウンディーネが現れて、リーアを道端に移動させた後、傷口のモヤの中に消えて行って……」
「ふむ。そういうことなら、呪いの方はウンディーネが対処してくれておるようじゃな。であれば、その間にワシとルドルであいつを--」
「……何故お前がここにいる? ダメだ……ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!」
オルドの言葉は、異様な様子のマーラに遮られた。2人から少し離れた場所で、明らかにマーラの様子はおかしくなっていた。彼女は駆けつけたオルドを見るや否や、何かに焦りだし、興奮状態で頭を抱え悶え始める。
「ああああああああああ!」
やがてマーラは片手で頭を抱えて搔きむしりながら、もう片方の手に持っていた短剣を振り回し、四方八方に斬撃を飛ばし始めた。
狙いも何もあったものではない、滅茶苦茶な斬撃が、周囲の木々をなぎ倒していく。ルドル達とリーアに飛んでくる斬撃は、オルドの光の壁の魔法によって守られた。
「あやつはなにゆえにこんなことを……」
防御魔法を展開したまま、オルドは狂ったように斬撃を放ち続けるマーラを真剣な眼差して見つめていた。
「分からない。でも、あいつは俺のことを魔王だって言ってた。私は魔王であるお前を殺しに来たんだ、と。マーラと名乗っていて--」
「何、マーラだと? そうかマーラか……」
「!? 爺さん、マーラを知ってるのか!?」
「あぁ、知っておる。もっとも、どうやらあやつは儂が知っておるマーラとはもはや別人のようじゃがな」
オルドはそこで言葉を切ると。物思いに耽るようにジッとマーラを見つめた。
「あやつは……勇者の国におる、勇者達の1人じゃ」
「……勇者!?」