32話
オルドと別れたルドルとリーアは、市場でかるくご飯を済ませ、時間潰しにと露店を見ていた。
「このピアス、リーアの髪色にそっくりで綺麗だね」
「それはピアスが綺麗ってこと? それとも私がってこと?」
リーアは、ニヤリと笑いながら、ルドルに意地悪な質問をした。
「うーん両方、かな?」
無邪気な笑顔でそう答えるルドル。リーアは顔を真っ赤にすると、慌てて露店の店主に、このピアスください、と声を掛けた。
「はい! せっかく買ってあげたんだから使ってよね!」
リーアはそう言うと、今しがた購入したばかりのピアスをグイッとルドルの方に差し出す。そっぽを向いたリーアの顔は、相変わらず真っ赤だ。
「買ってくれたの!? ありがとう! 一生大事にするよ」
「一生大事にって。大げさだよ」
お礼を言って受け取ったルドルは、早速その場でピアスを付けた。リーアも、未だ恥ずかし気ではあったが、ルドルの言葉に、嬉しそうに微笑んだ。
それから更にいくつかのお店を回った2人が、そろそろオルドの所へ行こうかとなった所で、ルドルはおもむろに懐から何かを取り出した。
「これは、さっきのお礼」
「!? お礼っていつの間に……」
リーアが気がつかないうちに、ルドルは先ほど貰ったピアスのお返しをこっそり露店で購入していた。そして取り出したその品を、リーアの首元へと付ける。それは、白い宝石がついたネックレスだった。
「これでよし、と。うん、似合ってる」
「すごく綺麗.……。.ありがとう!!」
リーアは満面の笑みでルドルにお礼を言う。その首元では、綺麗な白い宝石が、キラリと輝いて見えた。
それから2人は、オルドに会いに再び組合へと向かった。
「ほうほう」
「?」
開口一番、オルドはルドルの耳とリーアの首元に視線をやると、興味深げにそう呟き、ニッコリと微笑んだ。一方のルドルとリーアは、そんなオルドの反応の真意に気がつけずに居たが、2人がそれを考え始めるよりも先に、オルドが口を開いた。
「それで、ワシに話があるんじゃったな。伺おうかの」
オルドの言葉に、ルドルとリーアの表情は、真剣な面持ちへと変わった。
「実は私、村を出て魔法使いの国に行こうと思うの」
「そうかそうか。人間達の国に行くなら魔族だとばれないよう、耳を隠しておかないといかんぞ。隠匿魔法は、まだ教えとらんかったかの?」
「う、うん」
リーアはオルドの返答に驚きながら答えた。
「止められたりするかもと思ってたから、びっくりしちゃった」
「ほっほっほ。ワシの可愛い天才愛弟子が小さな村落の中だけで終わってしまっては勿体ないからの」
オルドのこれ以上ない褒め言葉に、リーアは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、オルドさん!」
「知ってのとおり、魔王が討たれて以降、魔族は人間とは離れた所でひっそりと暮らすようになった。そのおかげもあって、魔族と人間の間では長らく戦はなく、表向きは平和じゃ。しかし、長い年月が経っても、人間からすればワシら魔族は異質な存在じゃ。無用な諍いを避けるためにも、自分が魔族だということは隠し通すんじゃ。……このようにの」
そう言ってオルドは、自身に魔法をかけた。直後、オルドの耳には魔族特有の尖がりがなくなり、人間のような丸みのある耳に変わった。
オルドに促されたリーアも、見よう見真似で自身に魔法をかける。すると、リーアの尖がった耳も、丸みを帯びた形へと変化した。リーアは元々髪が青いことも手伝って、耳の形を変えただけで、一見しただけでは若い人間の女性と変わりない外見になっていた。
「流石じゃの。これなら見かけだけなら誰も魔族だとは思わんじゃろう」
「耳の形だけで全然変わるんだな」
満足気に頷くオルドと、興味深げにリーアを見つめるルドルの前で、リーアはいつもと違う自分の姿を確かめるようにソワソワしていた。ややあって、リーアは居住まいを正すと、オルドに向かって丁寧に一礼した。
「オルドさん、長い間ありがとうございました。」
「なに、ワシも優秀な弟子に出会えて楽しかったよ。気をつけて行っておいで」
ワシの寿命が尽きる前に一度くらい顔を見せるんじゃぞ、と笑顔で少し前に聞いたような冗談を飛ばすオルド。けれど今回はリーアがそれに辛辣な言葉を返すことはなく、ただ黙って深々と頭を下げたままだった。
----------------------------------------------------------------------------------
時刻は夕暮れ時。ルドルとリーアは市場を後にして村への帰路についていた。
「リーアが村から出て行っちゃうのか~」
「寂しい?」
歩きながら思わずこぼれたルドルの言葉に、リーアはルドルの横に並ぶと、笑顔でルドルの顔をヒョイと覗き込んでそう尋ねた。
「……寂しくないって言うと嘘になるかな」
「素直じゃないな~」
リーアはそう言いながら、跳ねるような後ろ歩きで、そっぽを向くルドルの前方へクルリと回り込んだ。ルドルが思わずそちらに顔を向けると、リーアは後ろに両手を組んで、ルドルの顔をジッと見つめていた。
夕日を背に悪戯っぽく微笑むリーアのその表情に、これは帰り道では追及されっぱなしになるなとルドルが短く息を吐いた次の瞬間、ルドルの視線の先、リーアの後方に何かが現れた。
それはリーアの姿を模したウンディーネだった。
何故ウンディーネが、と思う間もなく、ルドルは続けて自分の視界に強烈な違和感を覚える。
その違和感の正体が、主人を庇うように現れたウンディーネごと、リーアの胸に真っすぐ突き刺さった真っ黒な槍だということに、ルドルはようやく気がついた。