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3話

 ルドルが広大な畑の全域で指示された作業を終えたのは、結局お昼前だった。


 そのまま一度家に戻ったルドルと父は、母が作った昼食を3人で囲んだ後、獣の討伐に向かうこととなった。


 「本当に大丈夫?まだルドルには早いんじゃない?」

 「大丈夫だよ!僕もう子どもじゃないんだから!」


 母は常日頃からルドルが父の狩りに付いていくことに否定的だった。一方のルドルはといえば、何度か無理を言って連れて行ってもらった父の狩りが大好きで、退屈な家事や農作業を教わるよりも、積極的に参加したがった。


 「まぁルドルは男の子だしな。いずれは経験しなければならないことだ」

 「だからって、もう少し大きくなってからでも……」


 父はといえば、狩りを見せる度に向けられる我が子からの賞賛の視線が嬉しいのか、母ほど否定的な立場ではなかった。


 「それに今日は約束してしまったからな。農作業を頑張ったら狩りに連れて行ってやると。実際、あの広い畑の間引きを午前中だけで終わらせたんだ。頑張った子にはご褒美も必要だろう」

 「それはそうだけど……」


 未だ納得しきれていないような母を、なんとか宥めて説き伏せる父の様子を見ながら、ルドルはウキウキしていた。ルドルの父は、村の中でも特に腕の立つハンターだ。村の見張りから報告を受けながら定期的に外へ出て村の脅威となりそうな獣を狩る父に同行することは、ルドルにとって退屈な村の中での生活では得られない刺激的なひと時なのだった。


 「くれぐれも気をつけてね」

 「分かってる。離れた所から見学させるだけさ」


 結局、根負けした母に見送られて、父とルドルは家を出発した。


 村の出入り口となっている門に進む二人を、昼下がりの心地よい陽気が照らす。ほどなくして辿り着いた門では、先ほど父に獣の討伐を依頼してきた村人の他に、4~5名が2人を待っていた。彼らは村の見張り番で、ぐるりと村の周囲を取り囲む背の高い木製の防壁の上で、日々警戒と監視の任務に就いていた。


 見張り番から手渡された地図を元に、討伐対象の位置や情報を話し合う父を眺めながら、ルドルはソワソワと門の方を見ていた。固く閉ざされたその門が開いたのは、それから5分ほど経ってからだった。


 「じゃあ、行ってくる」

 「お気をつけて。ご武運を」


 見張り番に見送られながら、いよいよ2人は村の外へ踏み出した。


 村を出てまず目の前に広がるのは、広大な草原地帯だ。見通しが良く獣も少ないこの地域は、村人が薬草の採取などで訪れることも多い、危険度の低い場所だ。しかし、子どものルドルは村を出る機会そのものが少ないため、そんな何の変哲もない草原地帯でさえワクワクする空間だった。


 「晴れてて気持ちいいね!」

 「あぁ、そうだな」


 嬉しそうに駆け回るルドルを眺めながら、父も笑顔で応じる。


 道すがら草原の中ほどで、一人の幼い女の子に出会った。ルドルより年下のその子は、同じ村に住むリーアだ。聞けば祖母と母の薬草採取に付いてきたそうで、リーアの指さす先、離れた所で大人が数人作業をしているのが見えた。


 一人で退屈していたのか、目を輝かせて一緒に遊ぼうと言ってくるリーアに対し、ルドルはこれから父の狩りに同行するからまた今度と応じる。途端にリーアの目は尊敬の眼差しに変わった。今度お話聞かせてね!絶対だよ!とルドルにねだるリーアに、あまり大人から離れないようになと父が諭した後、二人はリーアと別れた。


 しばらく歩くと、草原の先にある森林地帯が近づいてくる。鬱蒼と茂る木々によって、ここまでとは違い視界が狭まるこの地域は、獣達の潜む危険な場所だ。


 他の魔族の村に繋がるいくつかの林道は、人の往来があるため整備された道のりとなっているが、それでも獣の襲撃の危険があるため戦う力を持たない者は必ず護衛を付けて歩く決まりとなっていた。


 そんなただでさえ危険な森林地帯だが、狩りでは林道を外れた獣道を行くため、更に危険度が増す。林に到達する直前、父はルドルの方へ向き直ると、しゃがんで真っすぐ視線を合わせながら言う。


 「いいか。これまでと同じように、俺がここに居ろと言った場所から絶対に動くんじゃないぞ」

 「分かってるよ」

 「何があっても、だ。万が一獣が近づいてきたら、その場で身を低くして隠れろ。絶対に一人で戦おうとするなよ」

 「分かってるって」


 狩りに同行する際に毎回与えられる注意を真剣に聞くルドル。そんな我が子の様子を見て、父はニコッと笑うと、立ち上がりながら言う。


 「いい子だ。じゃないと俺が母さんに怒られちまうからな。頼んだぞ」

 「獣よりお母さんの方が怖いの?」

 「怖い。怒った時はな」


 今のは母さんには内緒だぞ、という父にクスっと笑って頷くルドル。


 そうして2人は、父を先頭にして林の中に入った。2人が行くのは勿論、整備された林道ではなく、獣道だ。


 「俺達魔族は、林の中を通りたいと思う時、整備された道を作る。獣も同じだ。俺達のように分かりやすく道を切り開かないだけで、こうやって一定の通り道を作ってそれを繰り返し使うんだ」


 そう言って、一見道なき道のように見える木々の間、獣が通ったことによって倒された草木達を示す父。ルドルは頷きながら父の背にピッタリと付いて行った。


 しばらく進むと、突然父が歩みを止める。危うくその背にぶつかりかけたルドルだったが、それに文句を言うことはしない。何度か狩りに付いて行った経験が、()()()()()()()()()()()()()だということを教えてくれていたからだった。


 「……居たぞ。複数か。厄介だな」


 声を潜めながら、ルドルに前方を示す父。ルドルが木々の間に目を凝らすと、開けた空間に、それが見えた。


 それは巨大な狼の群れだった。1匹1匹がルドルの身体の数倍はあるかと思われる大きさで、それが5~6匹ほど集まっている。


 父は、2人がやって来た方角にあった小さな茂みを無言で指で示した。そこに隠れていろ。という父の指示を汲み取り、ルドルも無言で示された茂みに身を隠す。


 それを確認した父は、背負っていた大きな斧に手をかけながら、ジッと狼の群れを見つめて機会を伺う。


 静寂に満ちた森の中で、今まさに狩りの時間が始まろうとしていた。

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