23話
稽古の疲れでグッスリと眠るルドルの様子を確認した父は、我が子を起こさないよう静かにルドルの部屋の扉を閉め、居間へと移動した。
居間のテーブルには母が座っており、父はその対面に座りながら申し訳なさそうに言った。
「数日間家を空けていてすまなかった」
「謝ることはないわ。あの夜、身体強化を使った状態でボロボロになって帰って来たあなたの姿を見て、何か大変なことが起きたってことは分かっていたから」
母はテーブルの上に落としていた視線を上げると、父の顔を真っすぐ見ながら続けた。
「あの子たちに今の状況を詳しく伝えてあげたんでしょ? 単にあの子達を守るだけなら伝える必要はないのに。何か考えがあるのね?」
「……母さんはいつもまるで俺の心を見透かしてるみたいだな」
父は真っすぐ母の視線も言葉も受け止めながら、苦笑した。
「どこの誰かも分からんが、とてつもなく強い奴に狙われた以上、本人達の方も鍛えておきたいと思ってる。ルドルの魔法は、魔族の使うものとは違って少し特殊だし、リーアの魔力は既に大人達を凌駕するものになっている。そんな2人だからこそ、いつまでも大人に守られてるだけというわけにはいかないだろう。しっかりと学ばせて成長させるのが俺の役割だと思ってな。リーアちゃんの母親にも事情を説明して了承はもらっているよ」
「……」
父の説明に僅かに沈黙を返す母。その直後に出てきたのは、父の考えに寄りそうような、優しい言葉だった。
「あんなことがあったんですもの。もうダメとか早すぎるなんて言えないわ。ただ2人はまだ子ども。あまり無理はさせないようにね」
「あぁ」
短く応じた父の言葉にもまた、母への感謝が込められていた。
そして父と母は席を立って寝室へと向かい、すっかり夜も更ける中、居間の灯りは静かに消えた。
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それから毎日、ルドルと父は朝食を済ませると、稽古に使う荷物の支度を済ませて、リーアの家に向かった。リーアと合流した後は、広場までランニングを行い、筋力トレーニングをして剣の型を学び、また家までランニングという日々が繰り返された。
そんな日々が続いて数か月経ったある日のこと。稽古の休憩時間に、ルドルは父が自分達から離れた場所で次のトレーニングの準備をしているのを確認してから、リーアに話しかけた。
「そういえば魔法を禁止されてからかなり経ってるけど……ちゃんと使わずに我慢できてる?」
「つ……使ってないよ……」
リーアは、何故か急にそっぽを向いて、弄ぶように木剣をフラフラと振り出した。その口は尖っていて、ひゅーひゅーと鳴らない口笛まで吹いている。
「ほんとに~?」
「い、言われてから暫くは、使ってなかったよ……」
小声で弁明するリーアを、ルドルはあえて追及せず、笑顔で見守る。やがて沈黙に耐え切れなくなったリーアは、ルドルの方を向くと必死の形相で言った。
「で、でもほんとにおうちで小さい魔法しか使ってないもん!」
「ごめん、ごめん。リーアってほんとに隠し事が下手だなって思ってさ」
「わああああ!!!」
カラカラと元気に笑うルドルの傍で、真っ赤になりながら大声を出し、木剣をブンブン振るリーア。
そんな2人の大きな声につられるように、父が戻ってきた。
「なんだ、休憩時間だというのに2人とも元気だな」
父は顔を真っ赤にしてむくれるリーアとニヤニヤと笑うルドルを交互に見つめると、ふむと顎に手をやった。そうしてから、よし、と何かを決意したように頷く。
「ずっと基礎ばかりで2人も飽きてきた頃だろう。そろそろ実戦形式で行ってみるか」
そう言うと父は、その場を離れ、近くの茂みの辺りをウロウロとし始めた。そして、これで良いか、と小さな木の棒を拾う。それはルドル達が持つ木剣より短いが、芯はしっかりとしており、ある程度の強度がありそうな代物だった。
父はその棒を右手に持つと、広場に戻って2人から少し離れた所に立った。そして2人を挑発するようにニヤリと笑う。
「俺をこの位置から動かすか、お前達が持つ木剣を俺の身体のどこかにしっかりと当てることが出来たらお前達の勝ちだ。俺はこの棒と右腕しか使わないし、この位置からは動かない。それにそっちは2人がかりで来ていいぞ」
突然の父からの提案に驚く2人だったが、すぐにその顔つきはやる気に満ちたものへと変わる。
「リーアと一緒に2体1だったら、こっちが勝っちゃうよ!」
「だいぶ鍛えられたからね! 負けないよー!!」
「おう、いつでもかかってこい」
こうして、初めての実戦形式での稽古が幕を開けた。