20話
倒れて消えた女を挟んで父と反対側に、人影があった。人型のそれは、父と似た体型である一方で、父とは全く異なる点があった。
それは全身が水で出来ていたのだった。
呆然としている父に、水で出来たその人型は、ゆっくりと近づく。その手には、父が放った斧が握られていた。
そして無言で、父の方へ斧を差し出した。
訳が分からないながらも、それを受け取った父。直後、まるで役目を終えたかのようにそれは急速に人の形を失って崩れはじめた。最終的に、ただの水の塊となったそれは、バシャリと音を立てて地面へと落ちた。
父は、女を背後から両断したのが、その人型の水だということに気がついた。そして、今はただ地面の染みとなったその水の塊に、小さくありがとう、と呟いた。
一方でルドルとリーアは、未だ地面に呆然と座り込んでいた。そんな2人の元へ、満身創痍の父は歩み寄ると、2人をその大きな両腕でギュッと抱きしめた。
「……2人が無事でよかった」
嚙み締めるようなその父の言葉に、恐怖が終わったことを悟った2人は、安堵に包まれた。
「おい、大丈夫か!」
その時、抱き合う3人の元へと数名の村人達が駆け寄ってきた。
「叫び声を聞いて駆けつけてみれば! ボロボロじゃないか! 一体何があった!」
「……説明は後だ。まずは2人を家まで送ってやりたい」
父は疲れ果てた様子で、村人にそう応じた。そして、2人を抱え、家の方へと歩き出した。
やがて、ルドルとリーアの二人は父によって無事に家へと届けられた。心配して出迎えたそれぞれの家でも、父は多くを語らず、今はとにかく2人を休ませてやって欲しいと伝えるのみだった。
リーアを家に届け、ルドルと共に帰宅した父は、そのまま村人に肩を貸してもらいながら、どこかへと消えて行った。
疲れ果てて眠るルドルとそれを心配そうに見守る母を残し、結局その日父は家に戻らなかった。
----------------------------------------------------------------------------------
ルドルはそれから数日間を、家の中で過ごした。心配した母に、家から出してもらえなかったからだ。
立て続けに母に心配をかけることになったルドル自身も反省し、母の言いつけを守って安静にして過ごした。そして、日中は家の手伝いに励んだ。一方で、父はルドルを家に届けてから、一度も帰宅していなかった。
「最近リーアを見かけないけど大丈夫なのかな……?」
父の他にもう一人、ルドルには心配な人物がいた。あの日の女の襲撃を共に経験した、リーアだ。それまで毎日のようにルドルの家にやって来ていたリーアもまた、あの日以来、その姿を見せていない。そこで、家事の合間を縫って、ルドルは母にそう尋ねたのだった。
ルドルの質問に対する母の返事は、ルドルを驚かせた。
「リーアちゃんは体調悪くして寝込んでるみたいよ」
「え!? なんで教えてくれなかったの! お見舞いに行ってくる!!」
驚いたルドルは、手に持っていた洗濯物を放り出し、外に駆けて行こうとする。
「ちょっと待ちなさい!」
母は、素早くその首根っこを掴み、ルドルの外出を阻止する。
「離して!」
抵抗するルドルと、それをむんずと掴んで離さない母。その時、ルドルと母の目の前で、玄関の扉が勢いよく開いた。
そこには、両腕に包帯を巻いている父親とリーアがいた。父の姿は、一回り巨大化していたあの日の夜とは違い、元の父の大きさに戻っている。
「え……」
数日振りの突然の再会に、ルドルは驚いて固まった。
「ただいま、ルドル」
一方の父は、笑顔でルドルに声を掛ける。
「大丈夫だった? もう元気?」
続いてリーアも、心配そうな顔でルドルに声を掛けた。
「……おかえりなさい」
驚き固まるルドルを差し置いて、母は2人にそう応じた。ちょうど話題に上がっていた2人の突然の登場にも関わらず、その声は落ち着いている。
「少しお出かけしてくるから子供たちをお願いします」
まるで何かを察したかのように、母は父にそう言い残すと、戸惑うルドルとリーアを置いて、家を出た。
「……いつもすまない。ありがとう」
申し訳なさそうに父がそう応じた直後、玄関の扉は閉まり、後には父とルドルとリーアの3人だけが残された。
「暫く帰れなくて悪かったな、ルドル。この間のことで色々とあってな」
父は頭を掻きながらそう話すと、続けてこう言った。
「リーアちゃんを連れてきたのは、今後のことも考えて、二人に先日のことを説明しておこうと思ったからだ」
「「説明……?」」
不思議そうな顔をするルドルとリーアに、あぁそうだと応じながら、父は2人をリビングへと招き入れた。