18話
「頑張れ、リーア!」
ルドルは何度もそうやってリーアを励ましながら、懸命にリーアの身体を支え、出来る限りその歩みのペースに合わせていた。
そうしながら、ルドルは先ほどの父について考えていた。
「(一体あの姿は……。あんなお父さんは初めて見た……。それにあの女は何なんだ……!)」
そして、ルドルの父について考えていたのは、リーアも同じようだった。
「はぁ……はぁ……。このまま……逃げちゃったら……ルドルのパパが……」
荒い呼吸の中、リーアの口からはぽつりぽつりとルドルの父への心配が漏れた。
「だから……少しでも……力に……。ルドル……お願い……支えてて……!」
そう言うと、リーアは後ろを振り向き、女のいる方向へと右手を向け、魔力を込め始める。その姿は突けばすぐ倒れてしまいそうなほど弱弱しい。ルドルはリーアに肩を貸したまま、懸命に彼女が倒れることのないよう支え続ける。
やがて、集中した様子のリーアの身体は青く光り出し、その右手には見たこともないような鋭い魔力が込められていることが、ルドルにも分かった。
「撃つから……合図を!」
その一言で、リーアがこれから何をしようとしているのかを察したルドルは、父の背に向けて叫んだ。
「父さん!!!」
その瞬間、リーアの右手から凄まじい密度の魔力が込められた水の塊が飛び出した。その速度は、まるで銃弾のようだ。
反動で、リーアとルドルは2人とも吹き飛ばされ、地面に尻もちをつく。
回転しながら真っすぐ飛んでいくその水の塊の弾道は、夜道にキラキラと光って見えた。水の塊が周囲の空気を僅かに凍らせながら飛んでいるため、その氷が光を反射しているのだ。
「!」
ルドルの父は、女に向かって飛び掛かり、斧を振り下ろそうとしている所だった。しかし、ルドルの叫び声と、自らの背後で練られた強烈な魔力で事態を察すると、間一髪の所で、背後から飛んできた水の塊を躱す。
「……」
直後、父の身体でギリギリまで水の塊の存在に気が付けなかったはずの女もまた、僅かな所で、その一撃を回避する。
しかし、その回避に余裕はなかったようで、リーアの放った一撃は、女の顔に付いたお面の下部に僅かに当たり、その口元を露わにした。
女に回避された水の塊は、勢いそのまま川へと着弾した。直後、轟音を立てて、水しぶきが上がる。
「……」
相変わらず女は何も言葉を発さない。しかし、お面に被弾したことによるものか、僅かにたじろいだ。
そして、その一瞬の隙を、ルドルの父は見逃さなかった。
「うおおおお!!」
すかさず女へと連撃を繰り出す父。それは一撃ごとに地響きのする、強烈なものだった。
「この辺りじゃあ見慣れないやつだな!!お前は誰だ!!!」
叫びながら、父は斧を振る手を止めない。
「子どもに手を出して、タダで済むと思うなよ!!!」
その速度は、一撃ごとの重みに反して、途轍もなく速い。
しかし、それらは全て女に直撃することはなかった。どれもスレスレの所で躱していく。
「ちょこまかと」
直後、女は後方へと大きく飛びのいた。自ら距離を取った女が着地しようとする刹那、父は強烈な一撃を放つ。
「これでも食らえ!!!」
その声と共に、真っ赤な斧は万力を込めて垂直に振り下ろされる。そこから飛び出したのは、燃え盛る炎の斬撃だった。
真っすぐ自らへと飛んでくるその炎に、女は手に持っていた短剣を鋭く放った。すると、その剣は炎の斬撃を打ち消して、真っすぐルドルの父へと飛んで行く。
「なに!?」
反射的にこれを躱しかけた父だったが、その軌道上にはルドル達が居る。止む無く父は、持っていた斧で短剣を防いだ。
剣と斧のぶつかる鋭い金属音が、夜道に響く。
父はまたしても子どもに危害を加えようとしたその女の方を睨みつけた。そして、割れたお面の下部から見えるその口元が微笑んでいることに気がついた。
「ふざけやがって……」
腹の底から沸き上がる途方もない怒りを女の方へとぶつけんと、父は斧を持つその手に、ますます力を込めた。