17話
ルドルはリーアの手を引き、暗い道をひたすらに走った。
少し走った所でルドルが後方を確認すると、女を足止めしていた強く輝いていた青い光の柱はひび割れ、徐々に光を失っていた。同時に、それまで微動だにしなかった女の身体も、僅かに動きを取り戻している。
長くは持たない。そう感じたルドルはリーアに向かって叫んだ。
「急ごう!」
ルドルはリーアの手を引き、必死に走った。走りながらチラリと後方を確認すると、青い光の柱はほとんどその輝きを失っており、女はルドル達の方へ歩き出していた。
振り返っている余裕はない。そう感じたルドルは、真っすぐ前を見て走り続けた。その直後。
「っ!」
ルドルは再び、腹を刺されたような感覚に陥った。止まりそうになる足を必死に動かしながら、胸に手を当てて傷口を確認する。
しかし、そこには出血はおろか傷一つない。ではこの全身を包むような悪寒と、何かに貫かれたような衝撃の正体は何なのか。
ここに至って初めて、ルドルはそれが女の発する殺気であることに気がついた。振り返らずとも分かるそれは、確実にルドルとリーアの2人に向けられている。
追いつかれてはマズい。そう感じたルドルは、横目でリーアの方を見る。
ルドルに手を引かれる彼女は、魔力が少し回復したとはいえ、依然激しく消耗している。走るのもやっとという様子で、何とかルドルの手を離すまいと必死なようだった。
このままでは駄目だ。そう思ったルドルは、意を決して振り返る。そして女の方へ手を伸ばしながら、もう一度その魔法の名を叫んだ。
「バインド!」
遠くに見える女の足元が、僅かに青白く光る。しかしその輝きは、先ほどの一撃とは似ても似つかない、とても弱弱しいものだった。
先程とは違い、2人の方へ向かって来る女の動きを止めることも出来ていない。
一方のルドル達は、その歩みの速度を著しく低下させていた。リーアは必死に足を動かそうとしているが、限界なのは明白だ。2人の速度は、最早走っているというよりは歩いているというのが正しいほどに落ちてしまっていた。
「バインド!」
「バインド!」
ルドルはなんとか女の動きを止めようと、何度も必死に女の方へと叫んだ。しかし、その度にやはり女の足元は一瞬ふわっと輝くものの、その動きが止まることはない。
このままでは2人とも殺される。そんな焦りが、ルドルの脳内を支配した、その瞬間。
「!」
突然ルドルとリーアのすぐそばを、何かが物凄い速さで通り過ぎた。その塊は真っすぐ女の方へと突っ込んでいく。直後、ドッという轟音が鳴り、衝撃波で巻き上げられた砂煙が、女の様子をかき消した。
一瞬の出来事に、思わず足がすくむルドルとリーア。二人の視線の先で、徐々に砂煙が薄れていく。
直後に現れたのは、大きくえぐれてへこんだ地面だった。そして、そこには真っ赤に燃え盛る斧を右手に握りしめた、白髪の人物がこちらに背を向けて立っている。
ルドルはすぐに、その人物が手に持つ斧が父のものであることに気がついた。しかし、父より一回り以上体格の大きいその人物をルドルは父であると確信することが出来ずにいた。
「大丈夫か、ルドル」
こちらに背を向けたまま、その白髪の大男はルドル達に声をかける。その口調は確かによく知る父のそれだったが、その声は、普段よりも低く、大地を震わすような声音だった。
「お父さん……?」
「ここまでよく頑張った。さぁ、あともう少しだけ、頑張るんだ」
いつもの父とは見た目も声音も異なるが、ルドルは会話して確信した。この人は自分の父だ、と。
そう感じた瞬間、襲ってくるはずの安堵はこの時のルドルには全く感じられなかった。それどころか、あまりに突然のことで、驚き、立ちすくみ、動けなくなっていた。それはリーアも同じようだった。
しかし、そんな2人を狙う視線は途切れていなかった。
父の正面。砂煙が完全に消え失せたその場所に、その女は立っていた。父の一撃は後方に飛んでかわしたようで、その身体には傷一つない。
それを見たルドルの父は、ルドルを鼓舞するように叫んだ。
「さぁ、リーアを連れて逃げろ!」
その声に我に返ったルドルは、それまで手を引くだけだったリーアに、肩を貸す。リーアもまた、その必要性を感じ取り、素直にそれに応じた。
そうして2人は、ルドルの父を背に、再び家の方へと向かって走り出した。