16話
川辺で寝ころんでいたルドルとリーアの耳に、誰かが近づいて来る音が聞こえた。
ルドルは、遅くなったのを心配したどちらかの親が探しに来たのかと思い、そちらを見た。しかし、そこに立っていたのは、2人の両親ではなかった。
「……」
そこに居たのは1人の女性だった。無言で立つその女の身長は150センチくらい。腰まで長い黒髪が、着用している黒いマントの上で風に揺れている。黒いのはマントだけではなく、全身の服全てで、それはいつの間にか暗くなってきた辺りの闇に溶け込んで見えた。
異様ないで立ちはそれだけではない。その女の顔には真っ白なお面が付いていて、素顔が分からない。唯一くりぬかれた目元からは、2人をジッと見つめる視線が伸びているが、その目からは感情が読み取れなかった。
「だ、だれ?」
ルドルは身を起こすと、恐る恐る女に尋ねた。その後ろでは、リーアも不安げな様子でルドルにピッタリとくっついている。どうやらリーアにもその女性に心当たりはないようだった。
ルドルの問いかけには答えず、女はゆっくりと2人に近づいてくる。次にルドルの目に飛び込んできたのは、女が右手に握りしめているものだった。
「!」
その手には一振りの短剣が握られていた。すっかり暗くなった川辺で不気味にギラリと光るその短剣は、2人に対する女の害意を示すようだった。
「だ、誰だかわからないけどこっちにくるな!」
ルドルは立ち上がると、リーアは守るように両手を広げて、そう叫んだ。直後、その叫び声にも動じずにすぐそこまで近づいて来た女から、ルドルは全身で物凄い殺気を感じ取った。
「(どうにかしないと……)」
ルドルは必死で頭を回転させて、次の手を考えた。と、その瞬間、ルドルはお腹の真ん中に、感じたことのない違和感を感じ取った。
「えっ……」
ルドルの身体の真ん中には、いつの間にか1本の剣が深々と突き刺さっていた。
「ぐっ……」
何が分かったのか理解できないまま、ルドルは膝をつき、地面に四つん這いの形に倒れこんだ。直後、その口からどす黒い血が川辺に吐き出された。
「ルドル!!」
リーアの悲鳴が、3人以外誰も居ない川辺に木霊した。
女はルドル達の目の前、5メートル程先で立ち止まっている。それなのに何故--。混乱するルドルの思考を、女は待ってはくれなかった。
「大丈夫!?しっかりして!!」
ルドルの背に抱き着いて、叫ぶように声を掛けるリーア。その間にも、女は僅かに残っていた距離を詰めて、ついに2人の目の前に来ていた。
そうして女は、右手に持っていた剣を掲げると、それを躊躇いなく2人に向けて振り下ろそうとした。
「くっ!」
ルドルに考えている余裕はなく、先に身体が反応した。
「バインド!」
右手を女の方に突き出し、絶叫するルドル。
直後、女の足元が青白く光った。それはリーアを襲った黒狼に発動した時よりも格段に強く眩しい大きな光の柱となり、女の全身を包んだ。
「!」
青白い光に包まれた女は、微動だにせず、剣を振り下ろそうとした状態で固まっている。
ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら、ルドルは四つん這いの状態で女を睨みつけた。そして、女が相変わらず動けないことを確認してから、自分のお腹へと恐る恐る目をやる。
「……えっ」
するとそこには、出血はおろか、何の傷もなかった。
確かに自分は刺されたはず--。理解の追いつかない事態にルドルは混乱した。直後、そんなルドルの乱れた思考を正したのは、リーアの声だった。
「逃げよう!!」
ようやく魔力切れから少し回復したのか、動けるようになったリーアがルドルの手を掴み、そう叫んでいた。その小さな手に引っ張られるようにして、川原に立ち上がるルドル。
「う、うん!」
考えるよりとにかく今は逃げなければ。リーアの声で、我に返ったルドルは、そう結論を出し、リーアの手を引いて一目散に駆け出した。